[キルギス]ビシュケク

日中は炎熱地獄のようなタシケントから空路で1時間強、標高800mのビシュケクに到着すると寒さを感じる。空港の客引きたちは厚手の上着を羽織っている。

≫続きを表示

英語を全く解さぬ空港タクシーの運ちゃんと乗車前に折り合ったつもりの金額に1ドル強の認識の相違があり大げんかになった。ホテルのカウンター前で言い争いをしていればフロントの女性が助けてくれると思ったが、運ちゃん側の言い分しか言葉が通じてないのでこちらが俄然不利だった。モンゴル相撲でもやっていたかのような強面で体格の良いドライバーは、私がいくら暴れたり大声を出しても動じない。ついに警察に行って話をつけるから車に乗れと言い出してきたため、そこまで付き合ってられない(更にこちらが不利になるのは目に見えている)ので私が折れてしまった。支払いの段階で相手の言い分を完全にのんだのは初めてのような気がする。今後、言葉の通じない相手とは紙に書いて料金交渉するという基本を守るように努めよう。

その後、ホテルの部屋を見せてもらうとトイレシャワー共同で23ドル。それだけでも高いと感じたが、更に今日はお湯が出ないという、これは値引きなしに泊まるわけにいかない。しかし、交渉を試みても全く下げられないという。街灯の少ない夜道に出てホテル探しをしたくないが、納得できぬ言い分をのみたくない。2泊にするから20ドルにしてくれと頼んでもニェット(ノー)としか答えない。
ガイドブックを見て別のホテルを探すが他に適当な候補がない。少し間をおいて、23ドルで1泊だけ泊まると彼女に伝えると、強張った表情で「ニエット」と答えた。私は気が動転して、それならば1泊23ドルでいいから2泊ならいいかと尋ねても、ニェット。
『1泊もニエット、2泊もニェット。あんたみたいに宿泊費を値切ったり、タクシードライバーとトラブルを起こすような人はニェット』
彼女は顔を紅潮させ、このような内容と推測されるニェット連発のロシア語を言い放ち、私は締め出されてしまう。
かつての中国メイヨー(没有)攻撃を思わせるソ連式ホテルのニェット対応であった。

ソ連式ホテルのニェット対応を受け、途方にくれて宿探しをすると、裏通りに手頃なホテルをみつけることができる。値切り交渉も通じてトイレシャワー付きのシングルが20ドル。ボロ宿で対応の悪いソ連式ホテルに泊まることを考えるとかなりラッキーだった。
しかし、このホテルでも街の事情によりお湯が出ない。せっかく涼しい街に来たのに水シャワーはつらい。

<6月6日>

ウズベキスタンに長居したため、キルギスは2泊3日しか滞在できなくなり、予定していた湖畔の町を訪れられなくなった。代わりにビシュケク郊外で平原に遺跡が点在するソグド人の都市遺跡に出かける。
最もメジャーなのが傾いた塔ブラーナ(写真裏)でその近くにあるお地蔵さんのようなバラサグンの石人(写真表)にも玄奘三蔵にゆかりがあるという遺跡にも何も感じるものがなかった。

≫続きを表示

それほど大きくないビシュケクの街の観光を簡単に終え、何か旨いものを食べて記念にしようと、ガイドブックに載っていたレストランに入る。メニューが全くわからないのでお薦めを頼むとマトンの臓物煮込み料理がでてきたが、臭みがありすこぶるまずい。支払時にずいぶんと高いので文句を言うと訂正して3割下がり、まだ高いと言うと更に2割下がる。言い値だから仕方ないがぼられているのが明らかで気分が悪い。

翌朝のホテルチェックアウト時、英語を話さない主人が金が足りないと言ってきた。1日20ドルで2日分もらっているが、今日は3日目なのであと20ドル必要だと主張しているようだ。なんだとと睨むと10ドルでいいと言ってくる。いいか、ホテル代というものは1泊目、2泊目という単位で宿泊費を払うものなんだぞと私は紙に日にちと時間軸の線を引きながら声を荒らげ、このとぼけたおやじに余計なエネルギーを費やす。
いいがかりをつけ、あわよくば少しでも多く金を取ろうとする輩たち。印象の悪い街だ。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください