[ルワンダ]ギコンゴロ

<メモリアルセンター航空写真への道からの眺め>

ブタレから30km、ジェノサイド(集団殺戮)のメモリアルセンターがあるギコンゴロに入る。
ギコンゴロまでの道は、丘というか小さな山が途絶えることなく現れ、道沿いの傾斜には耕された田畑が延々と続き、ある一定間隔に集落がある。
ルワンダに入ってから今まで通ってきた幹線道路でもずっと同じような景観が続いていた。人間が手を加え続けることにより美しさが保全された里山がルワンダ国土中に広がっているようだ。

メモリアルセンター(航空写真参照)はどのように評価したら良いだろうか。アウシュビッツのようなコンクリート造りの長屋がいくつかあり、室内に悪臭のする死体が積み重なっている様を見せてもらうだけ。あと法廷だったという小さな建物も見せられたが、同行するスタッフからの詳しい説明はなく、写真やパネルなどでより理解を深めてもらおうという気は全くないようだ。
センター周辺の自然は美しい。道を行きかう人々は平和な顔をして、私に笑顔を見せたり挨拶をする人も少なくない。
インパクトがあったがよく理解できなかったので、帰ってからルワンダのことを少し調べてみよう、そんな気にさせるのがメモリアルセンターだった。

<メモリアルセンター近くの民家>

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ほぼ体調が回復した。長かった、約3週間、病んだ体にアスピリンを与えながら旅を続けていた(途中3日間は完全に休養)ことになる。
それで、久しぶりに歩き回り、これぞというビューポイントを探し、子供をはじめとした地元民との触れ合いや出会いを求めたのだが、ほとんど不発だった。
どっちに行けばいい景色がありそうだとか、気さくな住民たちが出迎えてくれる集落がありそうだとか、勘を働かせながら歩く必要があるのだが、全く機能していなかったようだ。
清潔感があり、気持ちが通じやすい人が多いルワンダはとても好きになりそうな気がしているのだが、私との相性がよくないのかもしれない。

<ルワンダめも>
  • マリなみかそれ以上に顔の造りは良くない。しかし、内面は穏やかで日本人の感覚に近く、アフリカ人らしくないという人を多く見かけた。
  • 女の子の頭がほとんど丸刈りできつい顔をしている子が多く、識別が難しい。スカートを履いているから女なんだろうなという程度。逆にやさしい顔をしてピンクの服を着ていた男の子を女の子と間違ってしまった。
  • 私が旅した12月は日中ほどよく暑く、朝晩ほどよく涼しい。扇風機不要でシャワーにお湯が必要という気温。
  • 道は良い。ウガンダやケニアとは比べものにならない。国中ほとんどに起伏があり、坂道だらけで下りではいくらでもスピードが出るのだが、多いときは5km間隔ぐらいに警官がいて、スピード違反を取り締まっているようだ。私が乗っていたバスの運転手が1時間に2回捕まりそれからはおとなしく運転していた。
  • バイクタクシーは運転手だけでなく客もヘルメット着用が義務づけられていて面倒。ハイエースの乗り合いミニバスは助手席でシートベルト着用を運転手から要求される。しかし、最前列真ん中の席はシートベルト不要。
  • フランス語と英語が公用語で、銀行員などそれなりの職に就いている人は英語を難なく話すが、バイクタクシーの運ちゃんや安宿の主人はフランス語なら問題ないが英語はカタコトといった感じ。子供はフランス語のみが多い。よって、私のように旅行仏会話ならなんとかというレベルの人は結構楽しめる。
  • 幹線道路沿いは一定間隔で集落があり、家々が集中せず点在している。唯一の大都市キガリでも人や車、建物などの密集が見られず分散している。国土の計画的土地利用はお見事としか言いようがない。
  • 幹線道路をぞろぞろと歩いている人をあちこちでみかける。そんなに歩く用事があるのか、比較的発達している交通機関をなぜ利用しないのか、不思議で大きな疑問だった。
  • ブタレからキガリまで日本のマイクロバスにあたる中型バスが4社以上運行しているのだが、ほとんどが30分間隔で驚異的なことに定時運行している。
  • どこも似たような景色で3日いれば飽きるかもしれないが、アフリカにしては異常に規律正しく清潔な国ルワンダは一見の価値あり。国境周辺の治安が安定すれば、自転車でゆっくり旅するのが楽しいかもしれない。
  • マイナースポットをゆく(西アフリカ編/東アフリカ編)のまとめ

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