[イスラエル]エルサレム

<エルサレム旧市街 嘆きの壁航空写真)2枚組

<エルサレム旧市街 聖墳墓教会(2枚組)

エルサレムの街歩きは楽しい。

(一神教の)世界三大宗教全ての聖地であるエルサレムは、その崇高さと緊迫感からフラフラと観光する場所ではないのだが、私にとってこれ以上の観光地があるだろうかと思えるほど魅力に溢れている。1km四方程度の城壁に囲まれた旧市街に3つの宗教の聖地と4つの民族(3宗教徒とアルメニア人)のエリアがある。複雑で細い路地を歩けば、スーク風の市場が続いたり、中世から続く住居群を走り回る子供たちを目にしたり、そうかと思うと街に不釣合いな兵士が立っていて進行を止められたりと多様な非日常的光景に出会える。
ツーリストオフィスで地図をもらったが大雑把なものでどこに何があるのか何をみるべきかが掴めない。1日しか滞在しない私にとって効率良い観光のためにガイドブックの必要性を痛感していた。

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キリスト教の見るべきポイントがどこかすらわからず困っていたところ、ベルベル人のアクセサリーを扱う店で呼び止められ、日本語を教えて欲しいと強引に店内に入れられる。初老の店主はこの店が日本のガイドブックに紹介されていると言って10年前の「地球の歩き方 イスラエル版」を手渡してきた。やった、日本語のガイドブックだ。私は彼に日本語を教えながら、懸命にエルサレムのページを漁る。男はお茶をごちそうしようと店先の路地を行き来する出前茶屋を呼び止めミントティーを頼む。よし更に時間が稼げる。私は狭い店内で椅子に座りガイドブックから情報を吸収しようと懸命なのだが、店主がうるさく話しかけてくる。店先に客が現れたので相手するよう彼に促しても、やつらは地元の人間だ、どうせ買う気なんかないんだと取り合わない。
出前のお茶が運ばれると、男がやっと本題の話しに入ってきた。
『あんた奥さんがいないのか?恋人もいないのか?女性の友達はいるだろう。土産は買っていかないのか?あんたの母親や妹にも土産はいるだろう。どうだこのネッレス。赤がいいか。黄色もあるぞ』
ガイドブックを持つ私の腕にネックレスをかける。私はこの手の土産物は嫌いではない。通常の旅であれば購入を検討するぐらいの良い品物にみえた。しかし、この先長い旅なので買うことは考えられない。興味を持ってながめてしまったこともあり、値段を尋ねた。
『150ドルと言いたいところだが、日本語を教えてもらった友人のあんたは特別に100ドルでいい』
15ドルぐらいなら買ってしまうかもしれない代物だから、そのぐらいの値段をふっかけるんだろう。彼の言葉に反応せず、私が再びガイドブックを見ているとハウマッチ、ハウマッチと店主がしつこい。
『もし買うならば5ドルかなあ』
男は私の呟きに一瞬あっけに取られたのか固まっていたが、再び尋ねてきた。
『いいかよく聞いてくれ、マイフレンド。150ドルを100ドルにすると言っているんだぞ。さあ、あんたはいくら払う?』
『だから言ったでしょ。買うとしても5ドル』
店主の顔色が変わり、私の手からガイドブックが取り上げられた。そして、バーカ、オマエバーカと日本語で言いながら店から追い出されてしまった。
もう少しガイドブックを読んでいたかったところだが、いくつかの重要な情報を得ることができた。日本語の記載をみて思い出した、キリスト教は聖墳墓教会。場所もわかった。その他の見所もいくつか押さえた。私は意気揚々と路地を歩き始めた。

なげきの壁周辺やキリスト教の教会内部は異教徒でも自由に入ることができ、撮影も可能だ。岩のドームは(たぶんイスラエル政府により)閉ざされていたが、周辺の広場を自由に歩くことができる。これらの宗教がもともと持っていた異教徒に対する寛容さが現れているのだろうか。
エルサレムの聖地巡りをしていると人々の祈りの力を強く感じ、無宗教の人間でも心洗われて清々しい気持ちになる。

エルサレムはイスラエルのものでもアラブのものでもない、世界の宝だ。

<参考図書>イスラエル(’96~’97版)=>E05 地球の歩き方 イスラエル 2019~2020

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