パキスタンのたび

悪徳運転手(ペシャワール)

<アフガニスタンに向かう(1枚目)/カイバル峠の落石渋滞(2枚目)

ギルギットからペシャワールまでの徹夜の移動後、私はホテルで朝食を済ませ部屋にチェックインして街に出た。下痢が治まり体調は良く、車内で熟睡できたわけではないがなぜか眠くもない。ペシャワールで最も訪れたい場所は、アフガニスタン紛争時にテレビで有名になったカイバル峠(ハイバル峠)。しかし、外国人がハイバル峠に行くためには前日までに許可を取り、護衛とガイドをつけた車を旅行会社で用意してもらうことが必要とのこと。明日の昼ペシャワールを発つ私には困難かと思っていた。
インフォメーションセンターで問合せようと中心街を歩いていると、すぐに男に声をかけられた。彼はタクシーの運転手だというのでカイバル峠に行けるか尋ねると、少し考えて答えた。
「千ルピー(約2千円)でどうだ」
えっ、今すぐ行けるの?彼は何とかする、と言う。近くに停めてあった彼の車は新しく、ガイドブックにある2千5百ルピーという正規の料金と比べて安い。私は舞い上がり、他に確認もせずにその男の車に乗った。途中で物静かなガイドを同乗させた後、警察関連のオフィスで許可を取り、そこで制服姿の若い護衛警官を助手席に乗せ、私を含めて4人が乗った車はハイバル峠に向かった。
草木が少なく傾斜のきつい山肌に無理やり造られたような道なのだが、国境を越えるトラックの通行が多い。落石のため、ところどころで長い渋滞が発生する。
パキスタン側の眺めのよい地点で車を停め、運転手がダッシュボードから拳銃を取り出した。本物なの?もちろんさ。パーン、パーン、パーン、男は山の峰に向けて拳銃を放った。

身構えていても心臓が止まりそうな音に衝撃を受けた。助手席に座る護衛警官は常にライフル銃を抱えている。国境付近のこの無法地帯ではゲリラより彼らの方が危険ではないか。

峠からアフガニスタンを遠望したあと周辺の観光を済ませ、我々の車は峠道を下って街に近づいていた。今までいかつい顔ながら笑みをたたえていた運転手の顔つきが変わっていた。
「今日の料金はこれだけになる。払ってくれ」
停車中に書いた彼のメモ用紙には、護衛警官に2千ルピー、他の費用で運転手の取り分が8千ルピー、合わせて1万ルピー(約2万円)の請求額になっている。
「冗談じゃない。千ルピーの約束だ。1万ルピーも払えるか」
「その請求書をよく見ろ。千ルピーは峠までの片道の料金だ。峠での観光代、帰りの車代、ガイド代はみんな別だ。これだけの人間を乗せて、これだけの距離走って千ルピーってこたぁないだろう」
運転手、護衛警官、ガイドの3人がグルになっているのは明白だった。特に若造の護衛警官は悪徳運転手の言いなりだ。どうみても危険と思われるペシャワールで素性のわからぬ男の車に乗った自分に落ち度がある。しかし、銃口を向けて脅されているわけではない。まだ、強気でいこう。請求書の細かい内容を確認せず、「こんなの無効だ」とメモ用紙を運転席に投げつけた。憤怒するドライバーの目がバックミラーに映る。やばい、どこかに連れ込まれるか。しばらく沈黙のまま車が走る。
「わかった。特別に安くしてやるから俺に4千ルピー払え」
急に半額になった。大丈夫、こいつはそれほどのワルではない。
「千ルピーしか払わないよ。警察のオフィスであんたと護衛警官に支払う」
警察のオフィスに行っても運転手の仲間がでてきて金を巻き上げられるのではないかという恐れがあったが、身の危険にさらされることはないだろう。

警察のオフィスに着くと運転手は居合わせたスタッフたちにまるで私が悪者かのようにわめきちらす。制服を着た下っ端の男たちは運転手の言い分を一方的に聞き、5千ルピーを彼に払えといい、こちらが冗談じゃないというと、では4千ルピーをと埒があかない。お前ではだめだと言うと別の人間が現れ同じことを言う。だめだ、もっと偉いやつを呼んで来い。
眉間に皺が寄った年配者が奥から現れた。見るからに風格があり、彼の前では運転手が静かにしている。その偉そうな人物は私の言い分にもじっと耳を傾けた。
「カイバル峠まで片道で行くやつがあるか。最初に千ルピーと言ったならそれは往復代だ」
高位を示す紋章を付けた男は、そう言って運転手を怒鳴りつけた。やった、ついにまともな人が現れた。裁きが下される前に運転手が執念で食らいついたため、経費分300ルピーの追加が認められ、私は従った。

制服姿の若い男が近くでずっともじもじしていた。私は彼にいくら払うべきか上官に尋ねた。
「100ルピー(約2百円)でいい」
護衛警官は不満そうに私の100ルピーを受け取った。

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