国別アーカイブ:イスラエル ( 3件の日記 )

[イスラエル]出国(強制ディレイドバゲージ)

<エルサレム 岩のドーム>

<エルサレム旧市街ムスリム地区のお嬢さん>

エルサレム旧市街近くから駅までの移動のため、発車しそうなバスに駆け寄った時、警備のためバス車内にいた軍服姿の男女2人にライフルを向けられ静止を命じられた。自爆テロ防止のためバスに走って近づいてはいけないようだが、なんとも物騒な国だ。銃口を向けていたのは20歳前後にみえる若者。経験不足から判断を誤り撃ってしまう、なんてことはないのだろうか。

エルサレムからテルアビブに列車で移動して、着いた駅から5分ぐらい歩くと偶然にもトラベルエージェンシーをみつけた。エルサレムのエージェンシーではアテネまで300ドルぐらいと言われていて決めかねていたが、ここではイスタンブールまで175ドルだという。今日の便でエラル(EL AL)だがいいかと確認された。聞いたことのない航空会社だが安ければ何でもいい。じゃあ今すぐ空港に向かって、3時間前到着が必須だから、と送り出され、テルアビブはほとんど何も見ずに出国することにした。

空港でEL ALのカウンターを探すと、それは元国営のイスラエル航空だということがわかった。搭乗手続き前の長い列に並んでいると、途中に係官がいて『どこへ行く、1人か、荷物はこれだけか』と尋ねてきた。そして、この3つの質問だけで私は列から外され特別扱いを受けることになる。怪しい人間を出国させずに引き留めておくということはしないだろうから、長い列に並ぶ代わりにまた延々と質問を受けるのだろうぐらいに思っていた。
バッグの中身をチェックされるコーナーに連れて行かれた。コの字型のカウンターで荷物のX線チェックで引っかかった人たちが不満そうな顔をしながら係官のチェックを受けている。まあ、このぐらいのことは想定していたことだ。早めに済ませてもらおうと思い、指示される前にバッグを開けようとするとバッグに触るなと制止される。
そして、次々と立場が上の人間が現れ、4人目の男が同じ質問を繰り返した後でこう続けた。
『なぜ1人なのだ。なぜグループじゃないのだ』
『・・・なぜって、1人が好きだから』
『なぜ鞄がそんなに小さいんだ。なぜ、その大きさで3ヶ月旅行できるんだ』
『・・・そんな(愚かな)質問には答えようがない』
今回は堪えようと思っていいたが、いいかげんいらついてきた。すると、そこへ新たな2人のセキュリティが現れ、私のバッグを台車に乗せ、彼らに前後挟まれた状態で別室へ連れていかれる。バッグが小さすぎたのがいけなかったのだろうか。いや、そんなことでも質問に答える態度が悪かったからでもなく、始めから予定されていたこととしか考えられない。入国時に面倒を起こした者が二度と来る気が起きないよう(としか思えない)執拗な嫌がらせをこのあと受けることになる。

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裏手にあるセキュリティーロックのかかったドアを開けると、ひとけのない寒々とした空間が広がっていた。細いベッドほどのアルミの台が数本横たわり、棺桶かリンチ台が並んでいるような不気味さだ。バッグは奥の部屋に運ばれ、私と監視の男2人だけで部屋で待っていると、2人の若い男が入ってきた。この国の男たちは、徴兵制かハゲやすい頭のせいかわからないが、坊主頭が多く不気味さを助長させる。その5分刈りの男たちが部屋に入るなり薄手のビニール袋を手にはめだした。私は靴を脱がされ、大きなフィッティングルームのごとき部屋に入れられて、カーテンが閉められた。さすがに恐怖を感じた。拷問を受けることはないだろうが裸にされるのだろうか。あの手袋は尻の穴を検査するものではないのか。
2人の男に気持ち悪いほど体を触りまくられ服も脱がされたが、パンツ一丁になったところで終了した。
次にバッグが置かれた奥のスペースに移動させられる。5人の男に取り囲まれバッグのチャックを開ける。その後、私をバッグから引き離し、4人の男が可能な限り中身を細かく分解しながら、手で良く触り、金属探知器で確認し、液体や電化製品は奥の部屋に運んでいく。別の人間が検査するのだろうか。
他に搭乗客はいないと思っていたが、所持品チェックエリアにはうなだれて涙を流す褐色の婦人が隅のベンチに座っていて、女性係官がなだめていた。なぜこんな目に合わされるのかと思うと、私も泣きたくなる。

彼らはアフリカの係官と違って現金には興味がない。私がいろいろなところに分散させた現金を見つけると、その度にベンチで待たされている私の所に運んでくる。最後にはバッグの奥からでてきたと言って見覚えのない硬貨を持ってきた。何年も前に旅行したブラジルの硬貨じゃないか。よく見つけたな。
30分ほどの時間をかけ所持品チェックは終了したようだ。しかし、ノートパソコンと充電器、シャンプー、コンタクトレンズ保存液、そして中身を全て抜いた布製財布は別便で送るという。ロストバゲージ扱い(ディレイドバゲージ)で翌日の夕方着くと言う。
『なぜ機内預入荷物でなく別便で送る必要があるんだ』
『我々は説明できません。セキュリティの手続き上そうなっているのです』
リーダー格の男が答えた。プーチン大統領の顔から神経質さを取り除いた柔和な顔つきをしている。さすがユダヤ人、役者が揃っている。
『だから、その手続きにどういう意味があるんだ。あんたらが説明できないなら説明できるやつを連れて来い』
私のような人間が二度と入国する気が起きないよう、意地悪をしているとしか考えられない。怒り心頭に発していた。
『理由はない。しかし手続き上のルールには従ってもらう。それだけだ』
『ノー!!あんたらのルールには従わない!』
断固拒否した。私はイスタンブールに滞在の予定がない。長くて1日、できれば今晩中に夜行で隣国に移動しようと考えていた。そのことを伝えても彼らは聞く耳を持たない。翌日の夕方にはホテルに送られるから全く問題ない。そう言うだけだ。
別便用の箱が持ち込まれ、私の拒否を無視して箱に積み込まれる。ああ、こんな事が分かっていれば多少高くてもアテネ行きにすれば良かった。アテネなら2、3日滞在しても問題なかったのだ。あるいは陸路での国境越えに変更しようか。イスタンブール便チケットのキャンセルを考えていたが、そうすれば最低この国にもう1泊はする必要があるだろう。イスラエルはもう懲り懲りだ。
完全にふてくされ、拒否をしながらも彼らの指示にゆっくりと従い、スタッフの1人と共にチェックインカウンターに向かった。そこで、航空会社の女性スタッフに尋ねる。
『明日のイスタンブール行きは何時に着きますか』
『すみません。明日はフライトがありません』
『何だと。どういうことだ』
私は、同行してきた若いセキュリティに食ってかかった。
『大丈夫です。接続便がありますので、ロストバゲッジは問題なく明日の夕方着きます。必ず24時間以内に受け取れますのでご安心下さい』
女性スタッフが愛想の良い笑みと共に答える。そうそう問題ないですよ。5分刈りのセキュリティもにこにこする。
英語で会話している時は頭の回転がすこぶるにぶくなる。私は納得してしまいイミグレーションへ進んだが、機内に入ってからふと思った。こんな短い距離で接続便なんてある訳ないじゃないか。

結局、ロストバゲジは次のフライトである翌々日の深夜着便に乗せられ、PCのため空港からホテルにも送られず(イスタンブール空港のローカルルールによる)、私はイスタンブール4日目の午前中に空港に出向き、やっとロストバゲージ扱いとなったパソコンを受け取ることができた。

自分たちで作ったルールを守ることに専念して相手の痛みを理解しようとしない。優秀だとされるユダヤ人が誕生して幾千年、多くの民族から憎しみを買い続ける理由はそこにもあるのではないだろうか。

<後日記>

必ず24時間以内でPCは到着すると何人ものセキュリティ及びチェックインカウンターの航空会社スタッフが約束したにも関わらず、3日後受け取りとなったことに強く抗議するため、ロストバッゲージ遅延(ディレイドバゲージ)による費用請求を行うこととした。ロストバゲージが発生すると1日何ドルか負担したりするので航空会社に要求すべきとガイドブックに記載されているので、イスタンブールでの宿泊費用の一部あるいは全部をイスラエル航空は支払うものと考えていた。
クレームは空港のロストバゲージカウンターが窓口となって受け付けるものだと思っていたが、それは誤りで航空会社に対して直接行う必要があるという。ノートパソコンを受け取った日は日曜日でオフィスは休み。イスタンブール滞在をこれ以上延ばしたくなかったので、別の都市でイスラエル航空とコンタクトを取ることにした。(何らかの請求を行うのであれば、ロストバゲージが発覚した時点で航空会社とコンタクトを取る必要があるとのこと)
アテネではマネージャー不在を理由に断られ、ローマではテルアビブに直接電話して交渉しろ、と取り合ってもらえない。それぞれの支店のスタッフと何とか言葉は通じているようだが、全くコミュニケーションできていないことに苛立ちあきらめかけた。しかし、東京にも航空会社の支店があることを知り、帰国後クレームすることとした。

日本はいいところだ。小さなオフィスのマネージャーは私のクレームに対して航空会社(実際は関連会社)の社員として深く謝罪した。日本では当然のことだが、帰国直後のため予想していなかった行為に感動した。そして、彼は詳しく説明してくれた。
・ロストバゲージの到着が遅れるようであれば、同じ場所で待っているのではなく、次々と移動先(今回のケースではソフィアかアテネのホテルや空港など)を航空会社に連絡して転送してもらうことが可能。どれだけ転送されても乗客に確実に荷物を渡すところまでが航空会社の責任範囲。
・荷物が損傷なく乗客に渡した時点で航空会社の責務は果たされている。規定上は遅延に対して補償の義務はない。
・イスラエル航空では、以前、ロストバゲージとなった乗客に対して1日15ドル支払っていたが、現在は中止している。申し出た乗客に歯ブラシなどのお泊まりセットを渡しているだけ。今はどこの航空会社でも現金を支払うことはないのでは。
・何らかクレームする際、ロストバッゲージ発生時点から21日以内に航空会社に対して意志表示することが必要だとIATAの規定で定められている。
・ロストバゲージを24時間以内に受け取れると偽りの説明を行ったことに対してクレームするのであれば、いつ何時にどこで誰がという情報が最低限必要となる。

ということを説明した上で、書面でクレーム内容を提示すれば本社に取り次ぐと言われた。しかし、補償額は最大で45ドル(1日15ドルの3日分)で、支払いに応じる可能性はゼロに近いということを理解して、これ以上無駄な労力をかけることを断念した。

代わりにこのマネージャーに質問しながらいろいろと話を伺い以下のような内容が印象に残った。
・イスラエル人はホテルも予約せず一人で観光する個人旅行者というものを未だ理解できていない。
・イスラエルのセキュリティには米国の友人である日本に好意的な人が多い反面、連合赤軍の印象が抜けず日本人に対して敵意的な態度を取る年配者が少なくない。
・ツアーコンダクターから転身したこのマネージャーは、イスラム圏入国スタンプのあるパスポートを所有しているため、イスラエルに出張の際、イスラエル航空の社員証を提示してもセキュリティによるしつこい尋問に悩まされた。パスポートの内容だけでセキュリティのルールに沿った対応をされることが多いので、情勢によってはイスラム圏渡航歴のある旅行者は入国拒否される。

私の場合、2006年6月ガザ侵攻以降の緊迫した時期に訪れていれば入国できなかった可能性が高いとのこと。
今後、イスラエルを旅行される方は、できるだけきれいなパスポートで(そのパスポートでイスラム圏に入国する場合はノースタンプの主張が必要)、可能な限りツアーで入国することをお勧めします。

(後日記は2006年7月11日)

[イスラエル]エルサレム

<エルサレム旧市街 嘆きの壁航空写真)2枚組

<エルサレム旧市街 聖墳墓教会(2枚組)

エルサレムの街歩きは楽しい。

(一神教の)世界三大宗教全ての聖地であるエルサレムは、その崇高さと緊迫感からフラフラと観光する場所ではないのだが、私にとってこれ以上の観光地があるだろうかと思えるほど魅力に溢れている。1km四方程度の城壁に囲まれた旧市街に3つの宗教の聖地と4つの民族(3宗教徒とアルメニア人)のエリアがある。複雑で細い路地を歩けば、スーク風の市場が続いたり、中世から続く住居群を走り回る子供たちを目にしたり、そうかと思うと街に不釣合いな兵士が立っていて進行を止められたりと多様な非日常的光景に出会える。
ツーリストオフィスで地図をもらったが大雑把なものでどこに何があるのか何をみるべきかが掴めない。1日しか滞在しない私にとって効率良い観光のためにガイドブックの必要性を痛感していた。

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キリスト教の見るべきポイントがどこかすらわからず困っていたところ、ベルベル人のアクセサリーを扱う店で呼び止められ、日本語を教えて欲しいと強引に店内に入れられる。初老の店主はこの店が日本のガイドブックに紹介されていると言って10年前の「地球の歩き方 イスラエル版」を手渡してきた。やった、日本語のガイドブックだ。私は彼に日本語を教えながら、懸命にエルサレムのページを漁る。男はお茶をごちそうしようと店先の路地を行き来する出前茶屋を呼び止めミントティーを頼む。よし更に時間が稼げる。私は狭い店内で椅子に座りガイドブックから情報を吸収しようと懸命なのだが、店主がうるさく話しかけてくる。店先に客が現れたので相手するよう彼に促しても、やつらは地元の人間だ、どうせ買う気なんかないんだと取り合わない。
出前のお茶が運ばれると、男がやっと本題の話しに入ってきた。
『あんた奥さんがいないのか?恋人もいないのか?女性の友達はいるだろう。土産は買っていかないのか?あんたの母親や妹にも土産はいるだろう。どうだこのネッレス。赤がいいか。黄色もあるぞ』
ガイドブックを持つ私の腕にネックレスをかける。私はこの手の土産物は嫌いではない。通常の旅であれば購入を検討するぐらいの良い品物にみえた。しかし、この先長い旅なので買うことは考えられない。興味を持ってながめてしまったこともあり、値段を尋ねた。
『150ドルと言いたいところだが、日本語を教えてもらった友人のあんたは特別に100ドルでいい』
15ドルぐらいなら買ってしまうかもしれない代物だから、そのぐらいの値段をふっかけるんだろう。彼の言葉に反応せず、私が再びガイドブックを見ているとハウマッチ、ハウマッチと店主がしつこい。
『もし買うならば5ドルかなあ』
男は私の呟きに一瞬あっけに取られたのか固まっていたが、再び尋ねてきた。
『いいかよく聞いてくれ、マイフレンド。150ドルを100ドルにすると言っているんだぞ。さあ、あんたはいくら払う?』
『だから言ったでしょ。買うとしても5ドル』
店主の顔色が変わり、私の手からガイドブックが取り上げられた。そして、バーカ、オマエバーカと日本語で言いながら店から追い出されてしまった。
もう少しガイドブックを読んでいたかったところだが、いくつかの重要な情報を得ることができた。日本語の記載をみて思い出した、キリスト教は聖墳墓教会。場所もわかった。その他の見所もいくつか押さえた。私は意気揚々と路地を歩き始めた。

なげきの壁周辺やキリスト教の教会内部は異教徒でも自由に入ることができ、撮影も可能だ。岩のドームは(たぶんイスラエル政府により)閉ざされていたが、周辺の広場を自由に歩くことができる。これらの宗教がもともと持っていた異教徒に対する寛容さが現れているのだろうか。
エルサレムの聖地巡りをしていると人々の祈りの力を強く感じ、無宗教の人間でも心洗われて清々しい気持ちになる。

エルサレムはイスラエルのものでもアラブのものでもない、世界の宝だ。

<参考図書>イスラエル(’96~’97版)=>E05 地球の歩き方 イスラエル 2019~2020

[イスラエル]入国(取り押さえられる)

海外では警官やスタッフの偉そうな態度に悩まされる。旅に慣れていないころは権力を振りかざす彼らのいいなりになっていたが、最近はある程度無視したり反抗してもそれ程問題ないと感じている。
特にエジプトでは、街中の道路にも観光地にもうじゃうじゃと白い制服を着た警官がいたが、温厚な彼らには必ずしも従う必要はなく、なめてかかってもなんとかなるものだった。

個人旅行者にとってイスラエル入国はタフだと聞いていた。しかし、それは陸路で入国の場合で、空路の場合は質問攻めに合い不快になる程度と理解していた。
私は可能な限り穏便にイミグレーションを通過したいと思い、男性係官の列に並んだが、私の直前で女性係官に交代してしまった。私がNo stamp pleaseとパスポートを差し出すと「ほワぁいぃ?」とおもいきり顔を歪めて尋ねてきた。『近いうちにレバノンやスーダンにも行きたいので』と正解と思われる回答をするが、その後もねちねちと質問を受ける。

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『で、国内のどこに行くの?』
『決めてないけど、エルサレムには行きます』
『エルサレムでの住所は?』
『ホテルですがどこのホテルかは決めてないです』
『予約してない?ホテルのリストは持ってるんでしょ。エルサレムで何を観光してどこに泊まるの?』
『いや、ガイドブックを持っていないので何もわからないです。ツーリストオフィスで尋ねるつもりですが』
顔を斜めに傾けたまま話す女性係官からの質問は、私のその回答で終わった。別の係官が現れ、広いホールの反対側にあるスタッフルームに連れていかれた。
うーん、何がいけなかったのだろう。やはり、少しは調べてから来るべきだったのか。30分ぐらい拘束されるのだろうかと思っていたが、そんな甘いものではなかった。
ゆっくりと英語を話すマネージャーから同様の質問を受けた後、パスポートを見ながら渡航先の目的や知人の有無などを質問してきた。私が自分でどこの国のスタンプが押されているかほとんどわからないのに彼はあっという間にイラン、イエメン、パキスタン、シリアのビザを見つけ出していた。
マネージャーからの質問後、近くにある椅子で待つよう言われる。そこには同じ便で到着したと思われる、スキンヘッドでマフィアのような顔つきの男と細身でアフガン人のような長い顎髭(ユダヤ人も同様の髭を持つことを後から知った)をたくわえた男がいた。たぶん、日本人である私は彼らより先に解放されるだろう。私はイスラエル入国を意識して髭を剃り清潔な身なりをしているのだから。
しかし、余裕で待っていた1時間が過ぎ、いらいらしながら2時間経過した時にマフィアの男が先に解放された。私はスタッフルームに怒鳴り込む。
『いったい、いつまで待たせるんだ』
マネージャーは不在で女性係官ばかりが楽しそうに団欒していた。
『セキュリティーがチェックしている。あとどのぐらいかかるか我々にもわからない』
『誰がわかるんだ。セキュリティーていうのは誰だ。誰がどこで何をチェックしているんだ』
『我々は知らない、知っていても言えない。それだけです』
怒りをぶつけられず逆にストレスが溜まる不遜な態度だ。
それから30分ほど経ち、穏やかに待ち続けていたアフガン風の男が解放された。こんな、腹に爆弾巻いてそうな男より後回しにされるなんてどういうことなんだ。しかし、彼は同じ便で到着した入国者でなかった。彼がうれしそうに立ち去る時『10時間以上待ってやっと入国できる』と恐ろしいことを口走っていた。
私は目の前が暗くなった。この広いロビーの片隅に置かれた椅子で夜を明かさねばならぬのか。
後の便で到着して一時拘束された者たちも30分もかからずに次々とパスポートが返却されていく。私は長期戦を覚悟してノートPCで記録をつけ始めたが、誰かの名前を呼ばれる度に係官を睨みつけほとんど集中できない。

3時間半経った時、女性係官が静かに私の前に現れた。彼女は私のパスポートを差し出し、セキュリティーのチェックが終了したと告げた。
『何が問題だったんだ。私のパスポートのどこに問題があってこれだけ待たせたのだ』
今日中に入国できないのではとまで思っていたので、意外な返却に笑みがこぼれそうだったが、無表情の係官に抗議した。
『あなたのパスポートには何も問題はない。ただ、あなたがイスラムの国を訪問しすぎただけ。それだけです』
うー、いやみの100個ぐらい言ってやりたかったが、英語が出てこない。

心配していた税関コーナーでは荷物のチェックがなくすんなり通過。これでやっと入国だと思ったのだが、税関出口でパスポートをチェックした女性係官が慌てて男性スタッフを呼び、私はその男に制止させられた。
『入国の目的は?』
『なぜ、答える必要があるんだ』
『私はセキュリティーです。答えて下さい』
『もうさんざんセキュリティに答えている。あなたもセキュリティなら彼らから聞きなさい』
『私は他のスタッフがどういう質問をしてあなたがどういう答えをしたか知りません。私もあなたに同様の質問をするのが役割なのです』
『なんだと(きさま)。それだったら何でここで(ぼけっと)待っていないで、私が3時間半セキュリティのチェックを受けている間に聞きにこないんだ。私は答えない』
『私はこの場所でチェックする必要があるのです。あなたが答えなければこれ以上前に進めません』
私はかなり怒りを顕わにしていたが、比較的低姿勢な男は一歩も引かず自分の役割をまっとうしようとしていた。私は英語による怒りに疲れ、全く同じ内容の質問に延々と答えていた。
『リターンチケットを見せて下さい』
『おい(お前らアホか)、いったい何人が同じものを見る必要があるんだ。それも出さないとダメなの?出さないと前に進めないの?』
もうリターンチケットはバッグの奥にしまったというのに何でこの若造のために再び出さないといけないのか。
10項目程度の質問が終わり男は私に通過を認めた。
『もう、これで最後だろうな』
『いえ、この後も同様の質問を受けると思います』
ばかやろ、聞き流さずにデータベースに記録しておけ。二度とお前らの質問には答えないぞ。

私はエルサレム行きのバス乗り場を探した。バスのサインがあった3階の外に出たが国内線空港へのシャトルバスとタクシーしかない。空港のスタッフらしき人は見あたらず、車道への出口付近に目つきの悪い少年(推定20歳)が立っているだけだ。私は少年と視線を合わせぬよう空港ビルに戻り誰か教えてくれそうな人を探そうと思った。少年の位置から空中廊下を10メートルほど渡ると空港ビルの入口がある。その脇に暗い表情の青年(推定30歳)がいた。この人に尋ねるのもやめよう。やはり中に入ってインフォメーションを探すか。そう思った時にその青年が私に近寄って来た。
『パスポートを見せて下さい。私はセキュリティです』
なに!私服を着ているが、確かに首からピクチャーバッジを提げている。誰がこんなやつにパスポートなど見せるものか。ついでだから彼に質問しよう。
『空港ビルに入りたいのではなく、エルサレム行きのバスの発車場所を知りたいんだけど』
『パスポートを出して下さい』
うるさいな。簡単に出せるなら出してやってもいいが、もう肌に密着させた隠し袋に収納して出すのが面倒なんだよ。それにまた延々と同じ質問するんだろ。
『エルサレム行きのバスどこから出るか知らないの?じゃあ中で聞いてくるから。ちょっと通して』
男の手を押してビルの入り口に進もうとすると、彼の表情が変わった。私を片手で強く押さえつけながら無線で何か報告している。
わかったよ。そんなこわい顔するなよ。パスポートぐらい出すよ。シャツのボタンを一つはずし右手をシャツの中に入れた時、その右手を背後から襲ってきた男に捕まれた。
『なんだ、きさま、手を離せ』
『セキュリティだ。制止しろ!』
その男は目つきの悪い少年ではないか。お前もセキュリティなのか。私は腹から爆弾のスイッチを取り出そうとしているのではない。こんな小柄な少年ぐらい足払いで倒してやる。そう思うや否や、どかどかと男たちが集まり、2人の男に両腕を捕まれ壁に押さえつけられて身動きできない状態になった。他に1人が私からバッグを引き離し、1人が周囲を見回し、1人が無線で交信している。空港ビルと車道を結ぶ空中廊下の真ん中で、私はあっという間に5人のセキュリティに取り押さえられてしまった
なかなか素早いじゃないの。みなさん真剣だね。私みたいな虚弱な東洋人でもいい練習になった?
『いったいどうしたというんだ。私はバスの発車場所を知りたかっただけなのに。手を離してくれればパスポートならすぐ出すよ』
私は両腕を捕まれたまま、へらへらと敵意のないことを示す笑みを浮かべていた。しかし、彼らは真剣な表情を崩さず、私に話しかけてこない。ただ無線のやり取りが緊迫した空気の中響いていた。

やがて、黒いスーツに身を包んだ男2人がゆっくりとこちらに向かって来た。そのうち1人の姿が目に入った瞬間、私の顔から余裕の笑みがなくなっていた。
その男にはただものならぬ雰囲気があった。スーツの上からも肩や胸の筋肉の盛り上がりを感じさせる体格をして、スタイルだけでなく整った顔つきがハリウッドスターを生で見ているようだった。その睨みつける表情からは、『俺は今まで何十人と殺してきた、てめえを殺めるのはわけないんだぞ』という声が聞こえてくるのだ。例えるならシュワルツネッガーの顔を整えて更に冷徹さを加えた感じだ。
その男が私の前に立ち、指示を出すと私の両腕は解放された。しかし、この悪役シュワの前で私は身動きひとつできない。更にもうひとり男が現れ、私の小さなバッグは台車の上に載せられている。いったい私はこれからどうなるのだろう。せっかく入国できたのに強制退去させれるのだろうか。いやそれだけなら良いが、私はこの悪役たちから拷問を受けるのではないか。そんな恐怖さえあった。
小柄な女性セキュリティが現れ、シュワちゃんの指示のもと、やさしい英語で質問が始まった。今までよりも更に細かい質問だったが、悪役に睨まれる前でおとなしく答えていた。延々と質問への受け答えが続く。その間、私から取り上げたパスポートの照会結果なのか、無線に次々と連絡が入っている。すると、次第にスタッフたちの緊張が緩んできた。このまま解放されるかもしれないと感じ始める。
『なぜ、あなたはセキュリティの指示に従わず、制止しなかったの?』
『私は止まりましたよ(前に進めなかったんだから)』
シュワちゃんの表情がきつくなる。また、そんな怖い顔するなよ。夢にでてきそうだ。
『もう一度質問します。なぜあなたは制止しなかったんですか』
流れからいって、ここで謝れば許してもらえそうだった。しかし、こんなやつらに謝りたくはない。少し考えた。別に謝る必要はないんだ。そのまま答えよう。
『過剰なチェックにいらついてたんだ』
私は英語にどもりながら話を続けた。
『入国時にセキュリティのチェックで3時間半待たされ、その後にもセキュリティのチェックがあり、何度も何度も同じ質問をされる。エルサレム行きバスの発車場所を知りたかっただけなのになぜまたチェックを受けなければならないんだ』
シュワちゃんの顔が緩み、英語を話せないのかと思っていた彼が私に直接話し始めた。
『初めての訪問では不快に感じるかもしれませんが、我々の国ではいろんな所でセキュリティがチェックするのが普通なのです。我が国と日本は良い関係にあります。日本の旅行者を我々は歓迎します』
彼の指示によりバッグとパスポートが返却される。そして無理に笑みを作りながら彼は続けた。
『あなたがセキュリティの指示に従いさえすれば、我々はあなたの質問に何でも答えますよ。この窓から2階を見て下さい。黄色いバスが何台か停まってますね。あの中にエルサレム行きのバスがあります。気をつけて、良いご旅行を。今後もセキュリティには従って下さい』
シュワちゃんは更に歯をむき出して笑いながら私を送り出した。怖い顔で無理に笑顔を作らないでくれ、不気味だ。

こうして無事解放されたのだが、国内ではセキュリティへの絶対服従を教え込まれる結果となった。
今まで私は平和ぼけした国ばかりを旅してきたのだろうか。

最後に一句。イスラエルなめたらあかん捕らわれる。