国別アーカイブ:セルビア ( 3件の日記 )

[セルビア]スボティカ

ロンリープラネットによるとスボティカ(スボティツァ)はセルビア・モンテネグロ(旅行中はセルビア・モンテネグロだったが2006年6月3日にモンテネグロが分離独立したことによりセルビア)内でベオグラードに次いで2番目のお勧めの街なので、列車の時間の関係もあり立ち寄ることにした。こじんまりとまとまったきれいな街だったが、あえて訪れるほどのものではない。

国境の街スボティツァからハンガリーに向かう列車に乗ると、すぐに出国審査が車内で行われる。今回私は賭けをしていた。私のパスポートにはセルビア・モンテネグロの入国スタンプがない。
『コソボとの境界線はセルビア・モンテネグロが国境と認めていないので入国スタンプを押さない。入国スタンプがないと不法入国として検挙されることもあり得る』
プリシュティナでネット検索していてたまたまそのような情報を得た。そのことに気づいた時、再びマケドニアに戻りコソボを通らずにセルビア・モンテネグロに入国し直す方法を取り得たのだが、そんな後戻りはしたくない。セルビアとの境界線を正式な国境と認めていないから入国スタンプを押さないとかいうことは、あんたの国の内政問題でしょ。外国人が知ったことじゃない。そんな論理で話し合えばなんとかなるような気がして、ここまで北上してきた。
しかし、やはり気になる。所持していたトーマスクック(時刻表)を良く読むと、出国時に入国スタンプが必要となるので必ず許可された国境から入国するようにとこちらにも注意書きされているのを見つけてしまった。列車内の出国審査で別室に連れて行ったり列車から降ろしたりなどということをするのだろうか。

係官が私のパスポートを取り上げた。かなり時間をかけて入国スタンプを探している。もう列車は30分以上遅れているから時間などどうでも良いのか。
「いつ、どこから入国しましたか?」
ああ、もう正直に答えるしかないか。コソボから列車で入国したと温和な係官に伝える。すると、ああこれねとUNMIK(国連コソボ暫定行政ミッション)の入国スタンプを見つけ、出国スタンプを押さずにパスポートを返し、係官は次の車両に去っていった。その後、列車は動きだし私はハンガリーに入国する。

入国スタンプがないと問題となるのは、出国スタンプが押されないということだけだったのだろうか。

[セルビア]ベオグラード

大河を見下ろす高台にカテドラルがある。城壁が残る巨大な敷地が、よく整備された市民の憩いの公園となっている。平日の昼下がりに木陰で老人たちが語らい、芝生の上で小さな子供たちが歓声をあげる。

それにしてもこの国の人々はいったい何を食べているのだろうか。街中にはカフェバーが多くレストランもところどころにあるが食事している姿を見ることはほとんどない。レストラン内にいる人は昼でも夜でもコーヒー、コーラ、ビールのいずれかを飲んでいるだけのカフェバー状態で、つまみすら取らない。食事はファーストフードでサンドイッチ、ピザ類を歩きながら食べるだけのようだ。(基本的に外食はしないというだけなのかもしれないが)
私も彼らに倣って、ホテルの朝食以外、座って食事をしていない。

[セルビア]ノヴィ・パサール

<古都スタリラス/ソポチャニ修道院(2枚組)

コソボを出てセルビアに入ってから急に英語が通じなくなった。車掌も駅やバスのインフォメーションスタッフも全く英語を話そうとしない。そんな中、持参しているガイドブックには載っていない観光地を訪れようとしている。
ソポチャニとスタリ・ラスは修道院と古都の遺跡が世界遺産に指定されていて、ベオグラードから直通バスがあるノヴィ・パサール(日本語表記ノビ・パザルあるいはノビ・パザールが一般的)の近くにある。しかし、それ以外の情報はないので、おおまかな地図を見ながらルートを検討する。
コソボから列車で北上して境界線を越えた駅ラシュク(ラシカ)で降り、ここからノヴィ・パサールまでバスがあると読んだ。降車客の後を追うとバスターミナルが駅の近くにあり、30分後にバスが出る。(Raška/Рашкаを経由したルート

ノヴィ・パサールに着きホテル、ホテルと呼びかけていると街の中心にある三つ星ホテルに導かれる。宿泊費が安く2千円。街で出会ったなかで唯一英語を話すスタッフがこのホテルにいて世界遺産への行き方を教えてくれる。ここまでほぼ完璧に自分のイメージ通りに事が進んだ。

しかし、翌日訪れた遺跡は想像とは大きくかけ離れていた。ソポチャニ修道院(2枚目の写真)は内部に古さを感じる壁画があるが、このぐらいの修道院はどこにでもあるんじゃないのという程度。そして古都スタリラス(1枚目の写真)は驚いた。あまりにも陳腐なので見かけた村の人全員に確認したが間違いないようだ。住居跡と思われる石積みの基礎台が2、30軒分あるが、ただ野原に放置されているだけ。何も見るものがない。誰も管理していない。ただ遺跡内に繋がれた牛が一頭、ここの門番であるかのような顔をして、何も知らずに訪れた旅人を哀れんでいた。

世界遺産は必ずしも観光名所にあらずだが、レベル分けでもしてもらわないと。全てが同格というのはおかしいのでは。