やわらかに風が [ お知らせ ]

シジュウカラの巣立ち

ウチのテラスに備え付けた巣箱からシジュウカラが巣立ちました。

小雨降る薄暗い朝8時ごろ、雛が初めて巣穴から顔をのぞかせ、それから15分ほどかけて5羽の雛が巣立っていきました。

「それ以上近寄るな」「フラッシュ焚くんじゃない」と親鳥から怒られ、まともな写真が撮れませんでしたが、三脚で撮影したビデオはまあまあ良さそうなので編集したものをアップします。

<近況>

いくつかの事情により昨年から海外に出かけていないため、久々の更新となりました。今まで120ヶ国以上訪れ、困難な状況を押してまで新たに行きたい国がなくなったというのが日本に留まっている理由のひとつです。

代わりに昨年9月から、日本国内の百名山巡りを始めました。

百名山だけだとすぐ行き詰まってしまうので、百名山に百山を加えた二百名山を対象にして、半数の百以上制覇することを当面の目標としています。

おととし以前に登った山も含めると現時点で百名山が35、プラス百の二百名山の方は10で合計45座。

世界の国々が約二百ヶ国あるなか、百ヶ国の訪問までは楽に増やしていくことができたので、百名山、二百名山の方もしばらくは楽しみながら増やしていくことができるのではと考えています。

南部アフリカへ

11月下旬から旅に出ます。

アフリカ大陸南部にある9ヶ国を陸路で回ろうと考えています。右の地図のピンク系の国々で、そのうち未訪問国は色の濃い6ヶ国。
手配したのはドバイ経由ヨハネスブルグIN/OUTの1ヶ月間の航空券。ドバイに1週間滞在するので、南部アフリカの滞在期間は3週間ちょっと。9ヶ国全部を周遊するつもりでタイトルを「南部アフリカをぐるり」にしましたが、ルート検討した結果、陸路でぐるりと回るには日程が短すぎかなり難しそう。(こちらが検討ルート)
現地での交通や宿など何も予約していないので、状況に応じルートを変更して実際はぐぐっと小回りになるかも。

たび日記で随時ブログをアップする予定ですが、(WindowsPCではなく)今回はじめてAndroidタブレット(Sony Tablet P)を携行するため、写真の加工が困難で旅の途中にどれだけネット接続を行えるのか不明。そのため旅行中は現在地を示すための仮のブログとなり、帰国後、作成し直すことになります。

<足は治ったのか?>

2010年3月から続いている踵の慢性痛について。

治ったのか?と問われると「大分良くなったが完治には遠い」といったところ。寒くなるとどうしても調子悪くなるようで、これ以上よくならないのかも。
今回の旅を終えるとほぼ治っているかもしれないので、その際はこちらの「お知らせ」で”ほぼ完治までの過程”を報告します。

11月のブハラ

11月中旬から3週間、ウズベキスタンのブハラに滞在していた。

これが3度目の訪問。過去2回はいずれも5月で耐えられない暑さだったが、この時期のブハラは東京の真冬より寒い。ときどき風が強く吹き雨も降る。
たまにしか観光客を見かけないため開いている土産屋は少なく、オフシーズンのブハラは寂しさも感じる。しかし、地元民が冬の装いで歩く古い街なみには趣がある。

<11月下旬のブハラ旧市街 タキ・サラファン>

≫続きを表示

前回世話になった家族の次女が結婚するというので披露宴の参加が目的だった。

披露宴を11月20日ごろに行うが、前後にいろいろと祝い事があるので1ヶ月は居て欲しいと言われたが、それはあまりにも長すぎると交渉の末3週間の滞在とした。
11月中旬、ブハラに到着すると日取りがまだ決まっていなかった。それだけでなく、海外で働く結婚相手がまだ帰国していないことを知り唖然とする。
長男は海外から、そして長女や家族、叔父や叔母たちは車で7時間のテルミズから既に来ていてその家で結婚式を待っていた。しかし、結婚後に入る新居の改装工事が終わらず、新郎の仕事の都合もあり式の日取りが決まらないようだ。
ブハラ滞在をしばらく延ばすよう何度も頼まれたが、FIXの格安航空券なので無理だと断る。ブハラに着いて1週間以上経ち、私の帰国日にぎりぎり間に合わせる形で日取りが確定した。
10日前に披露宴会場のレストランを決め、急遽作成された招待状のカードを配り、遠隔地の親戚に連絡していた。
すると、4日前からテルミズの親戚が集団で押し寄せ始め、2日前には百人以上となる。食器の数や室内のスペースが十分でないので、食事は十数人ずつが順番に取る。十畳二間に三畳の台所だけの家に4~50人が泊まり、溢れた人々は改築中の新居や近くの親戚の家に散らばっていく。そして、披露宴は300人以上が集まる盛大なパーティーとなった。

ウズベキスタン人のflexiblityの高さに感心する。

<前日の催しクリックでyoutubeへ

<シャボン玉が舞う披露宴/手前でお辞儀する花嫁(2枚組)

私の滞在日程に合わせて凝縮したと言っているが、結婚式前後の3日間、以下のような催しが行なわれた。

披露宴前日の昼、楽隊とともにお祝いを抱えた人たちが通りを練り歩き、パーティー会場となる近所の大きな屋敷に入っていく。会場では200人ぐらいが集まり食事をした後、大音響のなか踊りながらお祝いをする。しかし新婦はこのパーティーには顔を出さない。
新郎の家では、夜に楽隊がやって来て中庭で演奏とダンスを行なった後、通りを大騒ぎしながら行進して新婦の家に向かう。(youtubeへ
新婦の家では、室内のスペースが儀礼用のカーテンで仕切られ、伝統的衣装の花嫁がみんなに見守られながらその中に収められる。その後、伝統的衣装の花婿が宗教的吟誦や祝福の声のなか、花嫁が待つカーテン内のスペースにゆっくりと入っていく。この儀式により2人の結婚が認められたという。

披露宴当日朝7時、宴会場となるレストランに200人ぐらいが集まり、プロフが振る舞われる。そのプロフは親族の男性だけが調理して提供する習わしになっていて、2メートルぐらいの大鍋で調理されていたが、すこぶる美味かった。
夕方6時からレストランに300人ぐらいが集まり披露宴が行なわれる。花嫁花婿は洋風の衣装で来賓のスピーチやケーキカットがあったりと日本とあまり変わりがない。ただ、ひな壇の2人が食事もせず花嫁が何度もお辞儀をし続けているのが気になった。

披露宴の翌朝、新婦の家で簡単な儀式が行なわれ、嫁入り道具とともに新郎の家に向かう。新郎の家では、女性たちがお祝いの品を新婦に捧げ、祝福のキスをする。その後、その場で絞められた羊肉が振る舞われ、花嫁は5種類の衣装を披露して、参列者の前で黙してただお辞儀だけをしている。

花嫁はこの3日間、室内に身を潜め、姿を現してもうつむいて笑顔を見せず、ときどきお辞儀を繰り返しているだけだった。陽気でおしゃべりな彼女が人形のように口をつぐみお辞儀し続ける姿があわれに感じた。
彼女とは別れのあいさつもせず、披露宴2日後の朝、私はブハラを離れた。

<足は治ったのか?>

2010年3月から続いている踵の慢性痛について。
この踵痛でまともに歩くことができず、ずっと旅に出ていなかったのだが、治る前に出かけることにした。ペインクリニック医に海外に行って大丈夫なものなのかと相談すると「ぜひ行くべきです」と強く勧められたからだ。

自分では全く自信がなかったが、なんとかブハラまでたどり着くことができた。しかし、フラフラしながらゆっくり歩くことしかできず、見知らぬ街の子に酔っ払っているのかとからかわれるほどだった。観光客が非常に少ないため、街の人みんなから見られているような気がして、痛みを我慢して普通に歩くよう努力していた。
また、床に座るとどのような体勢を取っても踵に痛みが走るので日本では椅子以外に座っていなかったが、ブハラの家庭における食事は薄手の座布団に座り絨毯の上に置かれた食器から食べるのが基本。この時期は熱いスープが出ることが多く、薄い食器は熱くて持てないため、あぐらをかいたまま上半身を前屈して口を近づけなければならない。踵に体重がかかり、顔を歪めながらスープを飲んでいた。
ここで生活しているうちに踵痛は間違いなく悪化するだろうと思っていた。しかし、滞在中に結婚式は開かれるのだろうかとやきもきした後、次々と現れる親戚たちとロシア語の会話に悪戦苦闘し、うじゃうじゃいる子どもたちと戯れたりしているうちに踵痛をあまり考えないようになった。

結果として、ブハラ滞在3週間で痛みの度合いが1段階(5段階の3から2へ)改善した感じ。
「あともう少しで良くなりそうなんですけど、これから何をしていけばいいですか」
帰国後、担当の医師に尋ねた。
「簡単ですよ。もう1度旅に出ればいいんです」
医者らしからぬアドバイスに一瞬固まってしまったが、確かに自分でもそういう気がする。

荷物を背負って移動する旅はさすがに無理なので、また誰か海外の結婚式に呼んでくれないかな。

PjaxとGoogle Mapsルート機能追加

たび日記がまだしばらく更新できそうないので、新機能をいくつか追加しました。

Googleマップつきカテゴリーに陸路の移動経路を全ルートおよび区間ごとに表示できるようにしました。アフリカや中米などマイナースポットでためしてみても、だいたいまともなルートを表示してくれます。

ルート案内はGoogle MapsのAPIで2年以上前から提供されてましたが、結構使えそうだということがわかりました。ただ、国境などで道が途切れている地点があり、手作業で修正した区間もあります。さらに、道路およびフェリーの航路(航路は時々ルートが変更されエラーになることもあります:2012年4月20日)だけで鉄道路線はルート検索されないので、実際は鉄道を利用した区間も道路で代替しています。

また、それぞれのポイントでは標高とともに距離が表示され、マウスでドラッグしてマーカーを移動(区間表示のみ)したりルート変更すると距離も再計算されます。(GoogleMaps有償化に伴い、標高自動表示およびマーカーと経路のドラッグ機能を廃止:2018年12月17日)自分では十分楽しめましたが、同じようなルートを陸路での移動を考えている方に参考になればと思います。
(以下のリンクは2番目のポイントの個別日記で全ルートが初期表示されます。地図下の「区間」や「全ルート」をクリックして表示を変更して下さい)

≫Pjaxについて

個別日記でページ遷移する度にGoogleマップがリロードされるのは自分でもかったるいと感じていて、Ajaxを利用して地図を残したまま日記の部分だけをリロードして書き換えようかと考えていました。ただ、AjaxだとURLが更新されずに内容がどんどん変わってしまい、履歴が残らないためブラウザの戻るボタンを押しても前のページに戻れないという問題がありました。

しかし、Ajaxでページを部分的に変更しながらURLを書き換え履歴も残すことができるPjaxというものがあることがわかり、グーグルマップ付き個別日記ページのカテゴリー内遷移をPjaxで行えるようにしました。(上記の各リンク先で”翌日→”か”←前日”の日記を選択すると地図の動きに気を取られている隙に内容が更新される…はずです)

Pjax(に必要なpushState)は2011年から一般に使われ始めているので、Firefox、Chrome、Safari、Operaなど比較的最近のバージョンになっている必要があります。新機能を取り入れようとするといつも障害となるIE(Internet Explorer)は最新のIE9でもPjax未対応。ただIEでは、個別日記ページのURLが日本語に復号(decode)されず暗号のように表示されているためまあいいかということで、URLが変更されないAjax(IE6除く)で対応して、代わりにページトップに現ページのURL付きリンクを張ってみました。(各ブラウザはWindows対応の最新バージョンでのみ確認しています)

実際はサーバー側が対応してないためPjaxもどきかもしれませんが、もともとAjaxであるGoogleマップのみ動かしたり、個別日記と地図を連動させるということが容易になりました。

<足はどうなった?>

外反扁平足障害に伴う足首から下部の慢性筋肉痛について。(現在自分で思っている症状名)

ペインクリニックの期待の新薬リリカは少しずつ量を増やしながら3ヶ月ほど服用しましたが効いていないと判断され、抗うつ薬に変えられました。

足首から下の血行が極端に悪くしもやけに似た皮膚炎が発症したため皮膚科に通い、血管外科を紹介されました。

血管外科の検査で異常がみつからず、血行を良くする薬を処方され、いったん良くなった気がしますがそこから進展がみられません。現在、この血行を良くするプロサイリンと筋肉の張りを緩和するデパス、そして脳が痛みを感じなくするためだという抗うつ薬トリプタノールの3種類を服用して、もともと薬が苦手なため副作用と格闘しています。

家周辺の道路がスケートリンク状態の厳寒期ですが、その割りにはそんなに痛みがないかなといったところです。

フランス人旅行者

海外を旅していると現地の人たちから様々な場面で親切な行為を受ける。親切にあずかるばかりで何もお返しができず借りが蓄積してしまっているような気がしていた。

軽井沢のスーパーで食料を買い帰宅しようと峠に向けて車を走らせていると、紅葉シーズンの賑わいを過ぎた国道沿いで男女がこちらを向いて立っていた。近づくにつれ、彼らが外国人でヒッチハイクのサインを出しているのに気づき急ブレーキをかけた。日本でヒッチハイカーを見たのは初めてだったので反応がかなり遅れたのだ。
「峰の茶屋へ行きたい」
壮年の白人男性がまともな日本語で話してきた。これから越えようとしている数キロ先の峠なので何の問題もない。ぶっきらぼうに「いいよ」と後部座席に2人を乗せた。

続きを表示(ちょっと長い)

(注1)「ありがとうございます」と日本語で2人が頭を下げたが、その後からは英語だった。 峰の茶屋経由で白糸の滝まで歩こうとしたが、国道に歩道がなく危険を感じたので断念したとのこと。話しを聞くと、彼らはフランスから2週間の予定で訪れている観光客で日本は初めてだと言う。私にとっては海外で受けた親切の借りを返す絶好のチャンスかもしれない。

国道の急坂を登っていくうちに浅間山が見えてきた。
『鬼押出しのある浅間山か』とガイドブックを見ながら尋ねてきたので、『鬼押出しに行ってから峰の茶屋へ戻ろう』と提案した。
旅行者は『結構、結構』と恐縮していたが『車で数分の距離だから』と半ば強引に観光スポットの鬼押出し園に向かった。

鬼押出し園駐車場に着くとごつごつした溶岩群が広がる景色に彼らは驚いていた。『足が悪くて同行できないので30分ぐらい待ってようか』と伝えると、彼らは『ダッシュで見てくるから』と車を降り、入口前の歩道橋から眺めただけだが笑顔で戻ってきた。
『すばらしい、感動した』と欧米人らしいジェスチャーを交えて賞賛されると、こちらもかなりうれしくなってくる。(注2)

『すぐ近くだから』と浅間火山博物館にも連れて行った。博物館周辺には散策ルートがあり、浅間山を間近から見上げたり鬼押出し園を見下ろしたりできる。
『いったん家に帰って30分以内に戻って来るから1時間ぐらい散策してて』
私の言葉に2人は困った顔をしていたが、私としては買い物して車に積んだままの食料品を冷蔵庫に入れ、いくらでも彼らに付き合える態勢にしたかったのでなんとか納得させた。
私が30分ほどで火山博物館の駐車場に戻ってくると彼らはすぐ車までやってきた。ちゃんと観光できたのか心配になるほどの早さだったが、散策ルートも歩き上から見下ろす鬼押出しも堪能できたそうだ。

彼らが『峰の茶屋で十分だ』と言うところを少し先にある白糸の滝まで連れて行く。
私はフランス人に対する奉仕が十分だと思っていなかった。もう午後3時近くだったので、このまま彼らを連れ回し軽井沢のホテルに送り届けようという気でいた。しかし、カップルは受け入れてくれなかった。
『日本の森を短い距離でも歩きたいのでもう本当に結構なんだ』
そう言われ、親切を押し売りしすぎたかなと反省してここで別れることにした。(注3)

『パリにまた来るよね』
彼が確認した後、『さっき買ったもので申し訳ないが』と浅間山の絵はがきを手渡した。裏には噴煙を上げる浅間山とその前で喜ぶ2人の似顔絵、そして私と車の絵が描かれ、エッフェル塔の絵の下に彼らの名前と電話番号が記されていた。私がいったん家に戻っていた30分間、観光せずにこんなことに時間を割いていたのかと思うとじーんときてしまう。
私の親切攻撃をかわし、フランス人に1本返されてしまった。

しかし、反撃はこれだけでなかった。
『これは我々の気持ちだ』と火山博物館で買った浅間みやげの日本酒を差し出してきた。
『とんでもない、こんなもの受け取れない』
『それでは我々の気持ちが収まらない、我々のためだと思って受け取ってくれ』
いやいやいや、まあまあまあと押し合いしていたが、私が折れるしかないんだなと観念して酒を受け取った。(注4)

滝入口までのみやげ屋が並ぶ通りは日本人観光客で賑わい、フランス人カップルは否が応にも目立つ。
「Thank you. Merci beaucoup」
別れ際、笑顔の2人から何度も礼を言われた。私は周囲からの視線を感じ、しばし高揚していた。

外国人に親切のお返しをするつもりだったのにまた借りをつくってしまった。もっと日頃から修練しないと。(注5)

(注1)ここまでの私の行為はガーナ人の不愛想な親切のようで良かった。
(注2)親切にされた場合、喜びを上手に表現すれば十分お返しになりそうだ。
(注3)車で送ってあげるとしてもあのキューバ人のようにさりげなく行うべきだったかも。
(注4)私はあのアルメニア人から学んだことを全く活かしていない。『日本に来てくれてありがとう。本当は一緒に飲みたかったんだけど宿で2人で飲んで』と私が酒を渡すべきだった。
(注5)以上言いたかったのは、最低限の日本語を覚え旅してくれているフランス人カップルの気遣いがうれしく、私には勉強になったということ。それから、海外で親切にしてくれる方々の気持ちが少しわかったような気がする。親切にあずかると申し訳ないとか何かお返ししたいと感じてしまうが、(できれば周りに現地の人たちがいる中で)精一杯感謝の気持ちを表現すれば十分なのかもしれない。

<踵痛その後>

2010年3月から1年半以上続いている踵をはじめとした足首から下の痛みについて。

スポーツ整形を得意とする2つの医院で、医師は明確な診断を下さずリハビリに回し、理学療法士が運動過多による足底腱膜炎(足底筋膜炎)と判断してストレッチや筋力トレーニングを1年以上行なっていた。
ネットで調べてみる限りそれしか近い症状がみつからないので、自分でも納得して受けていたが、ストレッチをすると痛みが出て張りを感じる。リハビリ後は冷やすよう言われ毎回冷やしていたが、ストレッチ後の痛みが増し反応が過敏になって、ストレッチした部分に皮膚炎を発症するまでになってしまった。

一般の整形外科医ではダメだと思い、足の外科学会の医師を探し、2011年4月から車で2時間以上かかる5つめとなる整形外科医院に通い始める。そこの医師は、私の踵痛は足底腱膜炎によるものではなく外反扁平足障害だと診断を下した。そして、ストレッチは気休めにしかならない、炎症を起こしているときに冷やすのも暖めるのも意味がないなどと、今まで私が受けてきた治療を全否定して、足底板の使用を勧めた。
今までの医院では、ストレッチにより足が柔軟性を回復しないと却って痛くなるだけと足底板を作らなかったので懐疑的な気持ちで始めたのだが、これが驚くほど効いた。内履きの靴に足底板を敷くことにより室内で生活している分には踵痛を感じることはなくなった。
しかし、50mも歩くとすぐ痛みが出てくる。医師は足底板に足を慣らせばそれも改善するかもしれないと言っていたが、目安としていた数ヶ月経っても変化がない。
慢性痛のため脳が過剰反応しているのではないかと言われ、その医師は勧めなかったがペインクリニックに通ってみることにした。

2011年10月、ペインクリニックの初診で腰に硬膜外ブロック注射を打たれる。その後、背中全体に痛みを感じるだけで踵痛の軽減はなかったが、この注射は数本打つ必要があるようなのでしばらくこの荒療治に耐えようと思っていた。しかし、1本目の注射の結果から腰から下の神経の問題ではなく首から上の問題でしょうということで、神経痛用の薬であるリリカが処方される。

まだまだ快復のきざしが見いだせず、沈んだ気持ちで病院から帰る途中、フランス人旅行者に会い、気持ちを明るくしていただいたという話しでした。

全ページWordPressへ移行

過去のたび日記ページだけでなく、ブログ形式と関係ないページも含め全てWordPressへ移行しました。(ついでにGoogle Mapsを全てAPI V3へ移行したため、Earthビューは使えなくなりました)

かつてはサイトの作りの悪さからGoogle検索に全く見向きもされず、Yahoo検索だけが頼りでしたが、YahooがGoogleエンジンを使用するようになったため、全ページWordPress化の必要に迫られました。おかげで、マイナーな観光地の国名と地名で検索すると(やっとどうにか)上位にヒットするようになりました。

検索ロボットが写真を拾っているため、Google画像検索でサイト内のほぼ全ての写真を表示させることができます。写真の並びがバラバラで、写真から個別記事(日記)にリンクされていない場合もありますが、私としては十分満足。写真から日記を検索できるフォトギャラリー(あるいは画像インデックス)を作ることも考えていましたが不要になりました。(右の画面イメージをクリックするか、Google画像検索で “site:yawakaze.com” と入力すれば表示されます)

Yahooでも異なるしくみによる画像検索があり、こちらはスライドショーもできますが、サムネイルが小さく、重複する写真が整理されていないのでイマイチ。(Firefox、Google Chrome以外のブラウザではGoogle画像検索がYahoo画像検索のような表示かも)

ぼやき...

昨年3月に足首を故障して1年が経ちましたが、よくなる気配がありません。5つの病院、7人の医師に診てもらい、どの医師も診断を下していませんが、足底腱(筋)膜炎が最も近いようです。その炎症であれば数ヶ月から数年で自然治癒するとのこと。

108つめの国を訪れてからずっと足止めされたまま。海外に出かけられないだけでなく引きこもりの生活が続いています。

WordPress化にともないリニューアル

こちらのお知らせ部分と旧たび日記など、ごく一部のページを(ブログなどに使用されるツールである)WordPressへ移行しました。

WordPress化によりTOPページもリニューアル。
横幅が少し広くなっただけで、ほとんど見た目が変わらないかもしれませんが。

当初、たび日記の全ページをWordPressでブログ化することも考えていましたが、かなり大変なことがわかり断念しました。未だ予定の立たぬ次回のたび日記からはブログで配信できると思います。
あるいは、こちらを使ってブログ風に近況を配信するようになるかもしれません。

[ご連絡]
リニューアルに伴い、TOPページのURLがyawakaze.com/index.phpに変わりました。index.htmlでブックマークに登録されている方は、
https://yawakaze.com/ (indexなんちゃらは不要)に変更しておいて下さい。
今まで手動で行っていたRSSの発行を停止します。当サイトのRSSを登録しているという奇特な方がいらっしゃれば、WordPressが自動的に発行するこちらのRSSに登録し直すようお願いします。

つぶやき...

こちらはあまり読まれることを想定していない、ただのつぶやきです。いや、ぼやきにしておきましょうか。

WordPress最新バージョンのCSSはIE6用の防御が十分なされていない。FireFoxベースに作成してIE6で表示してみると、あちこちで仕掛けられたバグ弾が炸裂する。IE6の手当てだけをしていると、時々、IE7でも小バグ発を起こしていて、当サイト内にいくつか残されたままかもしれない。

こんなバグ弾仕込みの旧バージョンが使用されたまま、IE9β版を出してきた。
導入して当サイトの超重ページで試してみたが、少しも速くなってない。vista32ビット版では処理速度が改善されていないようだ。(私のPC環境で「世界の国々」をテストしたらrefresh時の速度がIE7より遅かった。作りの悪いこの世界の国々はブラウザの速度比較に使えるかも)
よって、IEとの相性が良くない当サイトをご覧いただく際は、FireFoxか、(めったにテストはしていないが)ChromeやSafariでのご利用をおすすめします。世界の国々で速度の違いを体感して下さい。

yawakaze.comに引越し

当サイトを独自ドメインの yawakaze.com に引越しました。

しばらくは旧URLから転送されますが、そのうち停止されますので、ブックマークされている方はこちらの https://yawakaze.com をブックマークし直して下さい。 =≫ お気に入りに追加

プロバイダを変更する可能性が出てきたので、プロバイダによる無料のホームページ用スペースからレンタルサーバーに引越したもので、サイトをリニューアルしてより充実させていこうというものではありませんのであしからず。
ただ、これを機に次回の旅ではWordPressによるブログ風たび日記にしようとは考えています。
しかしながら、2010年3月上旬に痛めた足首が未だ良くならず、自転車に30分ほど乗れるようになった程度で、歩行などの体重がかかる動作はできるだけ控えている状態です。
よって、次の旅がいつになることやら...、見通し立たずです。

(8月22日追記)サイト引越しに伴い当サイト用のメールアドレスを tabi@<ここを消す>yawakaze.com に変更、メールフォームも新たに設置しました。

イワカガミが咲きました

<写真はイワカガミ(マウスを乗せるとフデリンドウ)

昨年も紹介したイワカガミが今年も大量に庭に咲いています。
今年初めて庭でみつけたフデリンドウも載せておきます。

どちらも小さな花で、フデリンドウは陽が出ている時しか花を開かず、イワカガミはずっとうつむいたままと、とてもひかえめな花たちです。

3月から痛めている足首が良くなる兆しがなく、未だ普通に歩くことすらできません。海外旅行の計画は全く立てられない状態です。

京都の旅

<写真は京都仁和寺御室の桜(4月17日撮影)>

京都、奈良、姫路、広島を旅してきました。

実は3月上旬にスノボやアイゼン歩行によるスポーツ障害で足首を痛め、1ヶ月以上経ってもなかなか良くならず、今でも荷物を持たずにゆっくりとしか歩けません。

走れないと海外では危険と思われるので、海外旅行はしばらく先になります。

冬の黒斑山

<写真は黒斑山登山ルートから浅間山を望む>

またしても雪山の写真。冬の黒斑山(2,404m)を初めて登ってみました。
雪山は初心者なので、晴天の日曜日に出かけたのですが、(平日の)夏山なみの混雑に驚く。写真左の林が切れているところが登山ルートで下からてっぺん(トーミの頭)まで登山者がぽつぽつと写っています。
車坂峠から黒斑山の山頂までは雪が締まりしかも凍っていないという絶好のコンディションで夏山よりも楽なくらい。しかし、その先の蛇骨岳、仙人岳、鋸岳へ至るルートは、木の枝に体を打たれ、時に股まで雪に埋もれ、物好きだけが歩くルートでした。(先に進むにつれ踏み跡がなくなり滑落の危険がでてきたため途中で引き返す)

冬の湯ノ丸山

<湯ノ丸山頂(2,101m)から四阿山(あずまやま)を望む>

今日は日曜なので湯ノ丸山も賑わっていて、頂上からスキーやボードで滑り降りる人がいれば、スノーシューのツアー、アイゼンでの登山者と様々なスタイルの人たちが見られました。
隣の烏帽子岳(2,066m)まで登ってきましたが、今日はルート上の雪が締まっていたので、スノーシューよりもつぼ足かアイゼンが断然楽。

<湯ノ丸山(2,101m)山頂から見た富士山(2009年12月下旬)

過去のお知らせ

2009年のお知らせはこちらになります。
過去のお知らせ(2009年)

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