[アルメニア]ギュムリ

<緑の大地に孤立するマルマシェン修道院航空写真

国境近くのギュムリで宿を取り、隣村にあるマルマシェン修道院を訪れる。

緑の絨毯に赤い石トゥーフで造られたという教会が映え、悪くない。
だが、それよりも印象的だったのはアルメニア人の人の良さだった。

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隣村へのバスの乗客たちは最初は静かだった。私がバスに乗り込みマルマシュン?と尋ねても微かに頷くだけだ。
ほぼ満席でターミナルを出発したバスは、途中ギュムリ市内で客を乗せると老人や女性たちが乗り込むたびに男たちが席をゆずっていく。最後部席に腰掛けていた私も、恰幅のよい婦人が乗り込んだ際に席をゆずった。
明るい彼女はいったいどこから来たんだという風に話しかけ、私がアルメニア語もロシア語も話せないことを伝えると、何やら冗談を交えてまわりを笑わせていた。すると、今まで私に興味のない素振りをしていた乗客たちが、一斉に私に視線を向け、堰を切ったように話しかけてくる。
「どこへ行くんだ」とみんなが尋ねています。今まで黙っていた隣の男性が英語で教えてくれた。
それからは、乗客たちからの質問攻めに合い、お互い議論しながらアドバイスしてきた。まとめると、終点のマルマシェンで折り返すこのバスがギュムリに戻る最終になってしまうが、村内にタクシーがあるからなんとかなるだろうということだった。

修道院までタクシーを利用すべきだという意見もあったので、バスを降りてから探してみたが、村内にタクシーらしき車は見つからない。陽が沈むのが21時ごろとはいえ、もう18時過ぎ。バスの終点からひと気のない道を歩き不安を感じていた。
30分ほど歩き、緑の絨毯に映える赤みを帯びたマルマシェン修道院に近づいてくると子供たちの歓声が聞こえてきた。修道院の周辺でいくつかのグループがアウトドアパーティを行なっていたのだ。みな帰り支度を始めているころだった。その中で貸切バスで来ていたグループと仲良くなり、鍵を開けて修道院内を見せてもらった上、ギュムリに帰るバスに乗せてもらうことになる。車内ではパーティで余ったお菓子やきゅうりなどを次から次にごちそうになった。


市内に入ってから貸切バスを降り、中心部に行くと教えられたミニバスに乗り換え終点に着いた。鉄道駅の近くだというのでホテルまで20分ほどの距離と思われるが道が全くわからない。すると、ミニバスを降りた乗客の中に英語を話す青年がいて、案内してあげると付いてきた。
ギュムリに仕事で来ていた彼はホテル名や通り名から人に尋ねて案内しようとしているのだが、私が通り名を知らないだけでなくホテル名すら誤って記憶していたのでなかなかみつけられない。大きな広場に行けばホテルの場所を思い出すと青年に伝えたが、ギュムリには大きな広場がいくつもあった。
彼が10人以上に尋ねてくれたおかげで、私が正しいホテル名を思い出し、40分以上かかってホテルに着くことができた。彼が途中で何度かコーヒー飲みたくないかと私に尋ねていたので、当然ながらこれは彼の要求であり、これだけの労力は夕食のごちそうに値するのかなあとホテル前で考えていた。
「ちょっとこれ持っていて」と彼が言いながらズボンのポケットから取り出した数枚のコインを受け取った。
「途中でコーヒーをごちそうしようとしたんだけど開いている店を見つけられなかった。代わりにそれを受け取ってくれ」
「ちょっと待ってくれよ。私が助けてもらったんだから、私がごちそうしなければならないのに。夕食を一緒に食べない?」
「いや食べたくない。もう遅いから帰るよ。いいからそのお金はしまってくれ。その代わり私の顔と名前だけはずっと覚えておいてくれ」
彼がもう一度自分の名を言うと逃げるように立ち去ってしまった。
感謝する、君のことは決して忘れないと伝えたのだが、ホテル名も覚えられない私は、彼の後ろ姿を目で追っている間に名前だけでなく顔すらもおぼろげになってしまった。
日本でアルメニア人に会ったらコーヒーをごちそうするよ、髭面だった(かどうかも記憶があやふやな)彼にそう誓った。

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