<ラリベラの披露宴>
教会めぐりのガイドが、近くの広場で披露宴が催されているのをみつけた。旅行者が急に参加できないだろうと思っていたが、祝儀さえ出せば誰でも中に入れるという。20ブル(2.4ドル)を差し出し記帳すると、他の参列者は数ブル程度で、私より多く出している人はほとんどいない。
高額の祝儀を出した私は、密集するテントの奥に案内され、宴の真ん中まで連れていかれた。頭がつかえる狭いテントの中でハエがもうもうとあがり、おめかしした人々の熱気で空気が息苦しい。缶詰の空き缶に注がれた茶色い液体を勧められる。ビールだといって男たちが飲んでいるが、なんで空き缶なのか。披露宴なんだからコップぐらい集めてこいよ。不潔すぎる。興味はあったが私は丁重に断った。胡弓のような弦楽器や太鼓が加わり、宴は盛り上がっていた。
弦楽器を弾く男性が1人で歌い始めた。歌というよりもこぶしを付けて物語を吟じているようだ。一緒に会場に入っていたガイドが1ブル紙幣に水を浸し私に渡す。私が彼に指示された通り、演奏中の男の額に紙幣を貼り付けた。群集から笑いが起こる。
「ジャパン、トーキョー、サーンキュー、サーンキュー。」
吟遊楽師が額に紙幣をつけたまま、こぶしをつけて礼を言う。すると、ガイドが私に返歌を促してきた。おい、こらガイド、いい加減にしろよ。私が稚拙な英語しか話さないため見下されているような気がしていたが、なんで唐突に参加した披露宴で旅行者がそんなことまでしなければならないんだ。
しかし、テント内の人々の視線が私に集まり、期待を感じる。仕方ない、おもいきり声を出した。
「エチオピアー、ラーリベラー、ありがとう、ありがとう。」
何のひねりもない日本のこぶしがテント内を震わせた。だが、会場は予想外の反響だった。
おい、なかなかいい声しているじゃないか。なんか歌えそうだな。日本の歌を聞かせろよ。あちこちから声があがり、エチオピア人の大きな瞳に見つめられる。
わかりましたよ。もう、ビールでも飲んだつもりになって始めますよ。私は腹を据え、宴会用の持ちネタである八戸小唄を披露することにした。
「はい、みなさん、手拍子お願いします。」
パチッ、パチッ、パチッ、パチッ。
「唄ぁに~夜明けぇたぁかもめぇ~えぇ~えの・・・、
・・・鶴さん亀さん、Crane、Turtle、鶴さん亀さん、Crane、Turtle。」
振りまでつけて歌いきった小唄はエチオピア人に大好評であった。やんや、やんやの喝采と共に場の中心から退いた。
「俺、来週、14になる娘と結婚するんだ。俺の披露宴にも来てくれよ。」
空き缶を持って上気した顔つきで近寄ってきた男は30歳だという。相手が14歳とは、こいつ自慢してるのか。しかし、ラリベラの人々から喜ばれて気分は悪くない。にやついた男から差し出された缶を受け取った。口に近づけると見た目ほどの臭いは感じない。目を閉じ、渇いていた喉にごくっと流し込んだ。
錆びた鉄の味と生温かい泥水の香りが喉の奥に広がる。
たまらず胃からこみあげてくるものを押さえると涙がにじんできた。