[トルコ]イスタンブール

イスタンブールでPCの到着を待つ。
ホテルチェックアウトの12時までに空港から連絡が入れば今日中にイスタンブールを出発しようと思っていたが、そんなに甘くはなかった。もっと安いホテルへの移動も考えて周辺を探索したが12時までには見つけられない。
空港でもらった大まかな地図では自分のいるホテルの位置がわからず、ホテルのスタッフに尋ねても要領を得ない。周辺にインターネットカフェが多いのだが、トルコ語の入力しかできない。この辺りには外国人がいないのか。

やっとホテルの位置がわかり、トラムで旅行者の多い地域を訪れる。旅行会社でジョージア行きの安いチケットを探したが見つからない。イスタンブールは過去に観光しているので特に行きたいところもない。美味い飯屋も見つけられなかった。

何の収穫もない1日だった。

<2006年4月29日>

イスタンブールは寒い。雨も降っているせいか、持っている服全てを着込んでも寒い。

相変わらずやりたいことがなかったが、日本語入力可能なインターネットカフェをみつける。ネット検索によりイスラエル航空のイスタンブール着が今日の深夜近いことがわかる。寒さに加えて更に憂鬱な気分になりホテルの部屋で休む。何か用事を考え、つめ切りが必要なことを思い出した。イスタンブールのバザールでつめ切りを探す。私にとって2回目の海外旅行でトルコに来たが、その時はこのバザールの大きさと華やかさに感動して、おやじたちに手玉に取られ、大量の買い物をしたものだ。久しぶりのバザールに感動はない。旅慣れてしまうとこんなにもつまらなくなるものだろうか。
時間があるのでくまなく歩いてみたが、観光客を相手にした同じような品物を売る店がいくつも続く。私の必要としている安い爪切りはみつからない。店先でぼうっと商品を眺めていても店主が全く声をかけてくれない。街中を歩いていると昔は危なそうな男たちがしつこく声をかけてきたのだが、今は言い寄ってくる人物はほとんどいない。イスタンブールが変わったのか私が変わったのか。

安い爪切りは2時間ぐらいかかって、バザールの中心から離れた地元客を相手にする店でみつけた。
他に印象に残ったのはサバサンドと焼きとうもろこしに満足しただけ。今日も無駄な1日を過ごしてしまった。

<2006年4月30日>

日本円で10円以下になるこちらの少額硬貨はとても小さくなり、外周が小指の爪ほどでおもちゃのように感じる。トラムの駅から地下通路に降りる階段の踊り場で女の子が2、30枚の少額硬貨を壁際に広げ、小さな指先で1枚1枚移動させながら数えていた。一見、ままごとでもしているようにも見えたが、12、3歳の姉が真剣に数え、その姿を5、6歳の妹がじっとみつめている。
姉妹はポケットティッシュを売っていた。この辺りで物乞いもどきの人々が扱う売り物だ。身なりはそれほどみすぼらしくないが、この姉妹は都会でかなり貧しい生活を強いられているのだろう。私が階段の下に降りてからも2人を見つめていると、背中をみせていた妹がこちらを振り返り微笑む。無邪気な妹は明るい。
私は地下通路の商店街をひやかしていたが、いつしか階段のところに戻っていたので見上げてみる。かわいい妹の姿がなく姉が膝を抱えて階段に座っていた。彼女はポケットティッシュを詰めた箱を足下に置き、うつむき加減に遠くをみつめて階段を行き交うトラムの乗降客と視線を合わせない。そんなやり方でいったいどれだけのティッシュが売れるのだろう。気になりながらもまた地下商店街を歩きだした。
私は日本から大量のポケットティッシュを持ってきていてほとんど減っていない。彼女のティッシュを買ってあげたいが、アイスやジュースといった嗜好品には一切金を使わず、食事も極力安い物を選んでいる状況で、必要のない物にお金を使いたくない。しかし、長い髪を後ろで結わえた姉が懸命に小さなコインを数える姿が頭から離れない。あの無邪気な妹も喜ぶのであれば。
私は再び階段に戻り姉妹のいる踊り場を見上げると幼い妹が戻っていた。なんとその手には紙パック入りオレンジジュースが握られ、ストローでうれしそうに飲んでいるではないか。妹は私と視線が合うと、にこにこと笑う。
おい、こら、お姉ちゃんの稼いだ金をそんな贅沢なものに使うな。


やっとPCを受け取る。やはり昨晩遅く着いたイスラエル航空便に乗せられていたようだ。24時間以内で必ず届けると約束したイスラエルのセキュリティとイスラエル航空のウソつきどもは許せない。(費用請求の下りはイスラエル編に記載)
イスタンブール空港のロストバゲージオフィスも今日9時ごろこちらから連絡して初めてPCが届いていることを知らせる。ロストバゲージからの連絡をできるだけ早く確実に受けるため、まともなホテルで移動せずに連泊していたのだが意味のないこととなった。更にPCのためホテルに届けることができず空港に取りに来いという。(後に複数の関係者から聞いたところPCだから届けられないということはあり得ないという)

しかし、無事にPCを手にすることができたのだから気持ちを切り替え、列車で隣国ブルガリアの首都ソフィアに向かうことにする。いよいよここから陸路によるヨーロッパの旅が始まる。

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