<コーカバンから見下ろすシバーム/断崖上に見える双子都市コーカバンを目指す(2枚組)>
マナハからの帰りにコーカバンに寄る。コーカバンから断崖350m下にはシバームがあり、両者は千年以上前から双子都市として街を守ってきた。サナアから車で1時間と近いため、郊外への日帰り観光として旅行者が多くやってくる。その景観と、現在でも崖の登り下りをして街の人々が行き来するという事実に驚かされるが、街自体には面白味がない。
崖下側のシバームで、運転手と私は昼食を取るためにホテル内のレストランに入った。イエメンに古くからあるホテルはどこでも最上階に広い絨毯敷きの部屋があり、そこを食堂として金属の大皿に盛られた料理を手やスプーンで食べる。一般の5、6階建ての住居でも最上階がマフラージと呼ばれる座敷があり、食事以外にカート・パーティが行なわれる。
アルコールが禁止されているイエメンの男たちの嗜好品であるカートは、アカネ科の木の葉で、我々から見ればどこにでもありそうな変哲のない葉っぱである。しかし、この長さ3cmほどの葉を何十枚も飲み込まず頬の内側に溜め込んで噛んでいると気分が高揚してきて、ほっぺが十分膨らむと口が滑らかになりパーティが盛り上がるという。このカート・パーティ、夜に行なうのであれば酒宴の代わりとして理解できるのだが、イエメンの男たちは毎日それを昼下がりに始める。
私の運転手は、郊外にはサナアにない上モノが多いからと言いながら、運転中に道端に立つカート売りを真剣に探す。そして、これはという売り子をみつけると車を停め、値段を聞き品質をチェックする。そうやって、昨日も今日も何度も車を停められた。
昼食後、彼はニコニコしながら移動途中で購入したカートの袋を取り出した。昨日は彼がカートを噛んでいる間に私は一人でハジャラに向かったが、今日は少し彼に付き合ってみようか。枝から葉を1枚ずつ取り、親指と人差し指で軽く揉んだ後口の中に入れ、奥歯で噛んで葉の液がでてきたところで頬の裏に押し込む。
思い出した。エチオピアでもこれを噛んだ。あの時は葉っぱ3枚を口に含んだところで吐き出した。今日は上質な葉だというから少し我慢して噛み続けよう。強烈な味はないが、見たままの、その辺の雑草を噛めばこんな味がするだろうなという苦味しかしない。まあ、男性の好む嗜好品は苦いものであるから、苦味に耐えて覚醒作用が出るのを待とうか。
10枚程度の葉では全く頬は膨らまない。20枚ぐらいは口に入れた。液体を出した後のぱさぱさとした乾いた葉が頬に溜まり、かなり不快になってきた。
『水を飲め。水を含むと葉から更に液体が出てくるから、少しずつ気持ちよくなるぞ。』
運転手の言葉を聞いて、私は水を口に入れた。口の中全体が気持ち悪くなっていたので、まず水を飲む。その後、葉を溜めていた頬の方に水を流し込むと、ぱあっと口中に雑草の味と臭いが広がる。涙が出てきそうだ。例えるなら、二日酔いで胃から出てきた物を口に溜めて我慢しているようなものだ。ギブアップ、ギブアップ。私は洗面所に走り、草を全部吐き出した。しかし、何度口をすすいでもその悪臭は消えない。
運転手はホテルのスタッフと談笑しながら、まだカートを口に入れ続けている。カートを噛んで覚醒しないと午後の運転はできないというのが彼の言い分だ。彼の頬はまだ十分膨らんでいない。しかたなく私は街に散歩にでかけた。