[メキシコ]ノガレス(持ち逃げ)

<セントロの教会>

メキシコに入り早速トラブル。
15ドルを娼婦に持ち逃げされ警察に助けを求める。
話は長くなるが、成り行きは次の通りだ。

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メキシコ国境の街ノガレスのバスターミナル周辺で宿を探すが安くて45ドルしかない。仕方なく8km離れたセントロ(中心街)に向かう。セントロは国境に接していて、物乞いも多く、いかにも怪しい雰囲気。
そんな中で安宿が集中している地域で探し歩くが適当な部屋がみつからない。いいかげん疲れが溜まりどこでもよくなってきた9軒目のこと。入口から中を覗きこむと30すぎの女性が現れ、「何か?」と声をかけられ、私が「部屋を見たい」と伝えると、「それならこちらへ」と案内される。

「汚いなあ、特にこのシーツの汚さは」と私が彼女に伝えると「チップを出せば私がすぐ洗うわよ」と言う。部屋代を尋ねると、一緒に付いて来た大人しい男が彼女の通訳を介して答える。アメリカとの国境の街だというのにホテルスタッフですら全く英語を話さない人が多い。彼もその1人のため、掃除婦に思えるこの女性が通訳を買ってでていると思っていた。
25ドルという部屋代は私の感覚から異常に高いが、今までみてきたホテルの中では最も妥当な金額かもしれない。

私はこの部屋を取ることにして、お金は誰に支払うのかと彼女に尋ねると、彼にだと言いながら私の財布から20ドル紙幣2枚を取り上げ、目の前にいた男に渡す。
男が戻ってきた時、女がドアの外で彼と何か話し、その後ひとりで室内に入ってきてべちゃべちゃとわかりにくい英語で私に話しかけてくる。「何を言っているのかわからない」と言うと彼女は怒った様子で部屋を出て、そのままホテルの外に出て行った。この時、この女がホテルの従業員でなさそうだと気づき、男のスタッフに釣銭はどうなっているのだと尋ねた。

「釣りの15ドルは自分の分だと彼女が言うのであの女に渡した。今晩、彼女はあなたの部屋に来るんだろう?」
「何を言っているんだ。私は彼女を知らない。彼女はホテルのスタッフではないのか?」
私は青くなったが、スタッフの表情にも慌てている様子がうかがえた。
「いや私は彼女を知らない。あなたは入口から彼女と一緒に来たではないか。あなたが彼女を連れてきたのだ」
物静かで実直そうなこの男は英語をよく話す。彼は状況を正しく判断できなかったことを認めていたが、あの女は間違いなく娼婦だから盛り場に行って女をみつけ金を奪い返してくるよう私に言う。

その後、ホテル関係者3人と私が長時間言い争いをしていたが、スタッフは40ドルを私から直接受け取っていないので、釣りを私に渡さなかったことは落ち度ではないと主張してきた。私はそれでは警官を呼んで仲裁してもらうしかないなと脅すのだが、彼らはこの国で警察は役に立たない、そんなことをすればお互いが損するだけだと言う。

確かにひと昔前は、メキシコで旅行者が最も警戒すべきなのは警官だと言われていたようだ。今でも旅行者にたかる警官には注意するようガイドブックに書かれている。
女とホテルがグルだということを証明できない限り、私はこの件に関して勝ち目はなさそうだと感じてきた。15ドルは授業料だと考え、これ以上エネルギーを消耗するのは止め、25ドルだけ返してもらいホテルを出ようと考えた。
ところが、ホテルは一度金を支払った部屋はキャンセルできない。部屋に泊まらなくても返金は全くできないと主張。もうこうなったら警察を呼ぶしかないと私は言い放ち、勢いよく外に出た。

アメリカとの国境(航空写真)がすぐ近くなので、警官はうじゃうじゃいて、誰もが英語を話すと考えていたが甘かった。まず、街中に警官がみつからない。入国審査場付近に行き警官を1人捕まえたが英語を話さない。ここに英語を話す警官はいないのかと何とかスペイン語で伝えたのだが、あっさりnoと返された。
「なぜ(国境警官のくせに)英語を話さないのだ」
「あなたこそ、なぜメキシコに来てスペイン語を話さない」
私が若造警官に食ってかかると彼は反発してきた。
そこへ国境付近で旅行者のサポートを商売にする便利やくんが現れた。通常、悪徳な輩が多いので関わるべきでないのだが、今は非常事態である。

彼がこの警官の話を通訳したところによると、街の警察署には英語を話す警官がいるのでそこまで出向き訴えれば、ケースによってはホテルまで警官が同行するという。警察署まではタクシーで向かう距離のようだ。私は気が重くなった。タクシーで往復してこの便利やにたかられたら更に15ドルぐらいの出費になるだろう。
もうあきらめ気味に街中で別の警官を探そうととぼとぼ歩き始めた。しつこく付いて来ていた便利やくんが角の向こうにパトカーをみつけオーイと手を振る。すると不思議なことにパトカーが気づき近くに寄り、車から警官が降りてきた。便利やから説明を受けた警官が無線で本署に連絡して、すぐここに英語を話す警官が現れるから待っていろと言って走り去った。
ひと仕事した便利やくんが1ドルくれと言ってきた。警察が現れたら1ドル渡すから一緒に待つよう依頼する。半信半疑だった。メキシコの警察が15ドルぐらいのトラブルですぐ動いてくれるのだろうか。

ところが現れたのである。10分と経たずにピックアップトラックで4人もの警官がやって来たのには驚いた。ドライバーは年配の警官で、体格の良さ、精悍な顔つき、そして知的な英語から、この街の署長だと言われても疑わないほどの男。助手席には、この件の専門官として見た目迫力満点の中年女性が座り、更に非常時対応のためか力だけはありそうな若者警官2人が荷台でバーにつかまりながら仁王立ちしていた。
ホテルまで案内するようにと、私はトラックパトカーに乗せられる。便利やくんが「ミスターまだ1ドル払ってないぞ」と車の外で叫んでいたが、年配警官からどすの効いた声でたしなめられていた。

そして旅行者(私)と4人のメキシコ精鋭警察軍団がホテルに乗り込むわけだが、さあここで問題。

1. 娼婦が持ち去った釣銭15ドルを旅行者はホテルから返してもらえるか。
(ポイント)持ち去られた15ドルがホテルのものか旅行者のものかが争点になるが、旅行者側は旅行者に返すべき釣銭を女に渡してしまったのだから、15ドルはホテルの金だと主張。これに対してホテル側は、そもそも40ドルは娼婦の手から渡されたから釣銭を娼婦に返しただけで、旅行者が40ドルを娼婦に取り上げられた時点で彼女に盗られたのだと主張。

2. 旅行者はこのホテルをキャンセルして25ドルの返金を受けられるか。
(ポイント)旅行者は部屋を全く使用していない。信用できないホテルだとわかったのでキャンセル可能だと主張。これに対して、ホテル側はいかなる理由があっても一度金を支払えばキャンセルできないの一点張り。

さあ、最強のメキシコ警察軍団の裁定はいかに。このあと驚きの結果に当事者騒然。(ってほどでもないが)

≫結果

威厳ある警官4人の登場に私が期待したようなホテル側の動揺はなく、淡々と3人のスタッフがカウンターの内側に並び警官の対応をした。女性専門官がホテル側から話を聞いた後、私に尋ねた質問はひとつだけ、支払の40ドルは私から直接スタッフの手に渡したか、女からスタッフへだったかである。直接渡そうとしたところを女が割って入り、一瞬だけだが女の手を介した、と多少私に有利な説明をした。しかし、通訳の熟年警官は、あーダメダと思われる声をあげた。
「しかし、彼は私の財布から紙幣がでていくのを見てますし、だいたい彼女がホテル内にいたのだから、私は彼女をホテルスタッフだとしか思っていなかったんですよ」
私はダメもとで最後の主張をした。釣銭15ドルは取れなくても、いかがわしいホテルをキャンセルしてホテル代25ドルが返金されるよう警官たちに仲介してもらいたいと考えていた。

その後、状況を完全に把握した女性専門官からホテル側に対して、早口ながら迫力のある説教が続けられた。彼女から一方的な話が終わると、ホテルスタッフが神妙な面持ちでカウンター内から15ドルを取り出し私に渡す。
通訳の警官が説明してくれた。
「今回はあなたに落ち度があるが、ホテル側にもミスがある。このホテルは娼婦が自由に出入りできる宿だから、持ち去った女をつきとめるのが容易だ。ホテル側が責任をとって15ドルは奪い返してもらうのであなたに返却された。しかし、あなたはこの部屋に泊まらなければなりません。法律上キャンセルはできません」
「このホテルは大丈夫なんですか。安全ですか」
「ああ、問題ないですよ。しかし、周辺は危険ですから十分注意して下さい」
予想と反対の結果に驚いたが、私は損失なく安全を保障されたホテルに泊まることとなった。

そして、短時間で小さな揉め事を解決した4人の警察軍団は颯爽とホテルから立ち去った。
うーん、なかなかやるじゃないか、メキシコ警察。

そうだ、あの便利やくんに1ドル渡してあげないと。1ドルだけでいいかな。


<たびメモ>

(後日談)その後のメキシコ国内の部屋代と比べると、この街のホテルはどこも倍以上していた。さらに泊まった部屋はとにかく床を這う虫が多く、虫をつぶさずに室内を歩くことは不可能なほどだった。メキシコはどこもこんな感じなのかと恐れていたが、ノガレス以外の宿はみな驚くほどクリーン。たとえ体調を崩していても、この街には立ち止まるべきでない。
ここからグアダラハラまでのバスはEliteという会社の一等バスでトイレ付き車両だが、便器に水が流れず手洗いもないので2~4時間毎に停車するターミナルで毎回のように用を足していた。ターミナルのトイレはまあまあきれいだが、全て有料で3ペソ(30円)。
食べ物も時々補給しなければならないが、このバスは27時間中食事休憩は1回しかなかった(途中バスの故障で遅れをとったからかも)。ドライバーは乗客が全員戻ったかどうか確認しないことが多いので、特に1人で旅行する場合、最低限のスペイン語ができないとかなりの苦労が予想される。

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